棟梁ソルネス 公演情報 イプセンを上演する会「棟梁ソルネス」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    イプセンスタジオで,『棟梁ソルネス』を観た。
    イプセンスタジオで,『棟梁ソルネス』を観た。『ヘッダー・ガブラー』から二年した,1892年の作品である。今回は,毛利三弥氏の解説に目を通していった。『棟梁ソルネス』の演劇は,非常にわかり易かった。人物関係もすぐに把握できた。毛利氏は,主人公ソルネスの成功は,妻や,子供の犠牲の上にある。そして,終盤では,不思議な娘ヒルデと一体になろうとしている,と指摘する。イプセンは,全作品を有機的に構成した。彼の一生のテーマは,人間の自由であり,キーワードは,「親子関係」ということになる。

    『棟梁ソルネス』は,師匠であった老ブローヴィクを蹴落とし,彼の息子ラグナールに,自らの地位を脅かされている。作品中,心の中のトロル(妖魔)に,ソルネスは翻弄される。象徴的な事物や,イメージが多く出て来る。とても魅力的な大作である。

    さて,ざっと,お話の内容を説明すると,

    ソルネスの前に,ヒルデは10年の時を経て突然現れた。あなたは,10年たったら私の王国を作ってくれるっていったから・・・。そういえば,あの日,高所恐怖症の私はなぜか塔に登ることができたのだ。下からの,美しい少女の熱いまなざしが忘れられない。私は,才能もあったかもしれないが,周囲に対し,計算ばかりして,出世して来たのだ。

    私の一番の問題点は,後継者を育てようとしなかったことだ。むしろ,いいように利用し,気が付けば,最後は後継者の「独り立ち」をじゃましているのだ。妻には,双子がいたが,ある日火事になったが,ショックで乳が出なくなって後,栄養不良で死んでしまった。妻は,それから,子供を育てる楽しみを失い限りなく暗い。

    私は,後日,火事場に思い切って斬新な住居を立て続けたものだから,一躍建築界の寵児になっていく。何が幸いするかわからない。親ばかになって,仕事に打ち込むことはなかった同僚たちは,私のライバルではあり得なかったのだ。私は,なんらかの意図をもって近づいて来た女性もぶしつけに敬遠することはなく,上手に懐柔した。

    ヒルデは,あの日の光輝くヒーローに戻ってほしいと,ソルネスを説得する。後継者にはしかるべき地位を与え,引退をすすめる。私は,ヒルデが理解する以上にまちがいをしたのかもしれない。栄光をひとり占めし過ぎたともいえよう。私はけちな臆病者で,あの日以来高い場所には登ったことはないのだから。

    でも,もう一度あの日にかえって塔にのぼってみようかしら。そこで一体何が見えるのか知りたい気もする。私の人生は,才能を十分開花させたから生じたことで,そこに非難すべきものがあるとは思わない。少し,ひとりよがりで,女たらしだったくらいだ。私を追うものたちの憎悪は,不当で怖いものとなっている。

    棟梁ソルネスは,何かをみたくて,塔にのぼりはじめる。みなは,どう転んでも登ることなんかできるわけがないと嘲笑する。妻は,青ざめる。だれか止めて。いや,ソルネスは,決然として高見に向かっていく。あ!落ちた。棟梁は落ちた。誰か見て来てちょうだい。棟梁は,大きな石に激突して,頭が砕けてしまっていたのだ。

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    2014/05/25 12:09

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