ティティプー見聞録 公演情報 ピーチャム・カンパニー「ティティプー見聞録」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    反転・身振り
    19世紀末に英国で作られたオペレッタ『ミカド』を下敷きにしたオリジナル作品である。
    会場には日本に関する様々な表象(『ミカド』のチラシ、三島由紀夫、アニメなど)が載った紙片がばらまかれ、舞台上にも大量に貼り付けてあった。
    開演前からスクリーンに『ミカド』の映像が流れていた。
    二役を演じた丸房君子さんがよかった。前にひょっとこ乱舞で観たソンハさんが発していたのに近い、強いエネルギーの内包を感じた。今後の幅広い活躍が期待される。
    内容は劇団の前作『美しい星』の延長線上にある、と言うか、対になっているように思われる。以下ネタバレにて。

    ネタバレBOX

    去年のフェスティバル・トーキョーでの『美しい星』は、ベケットの『ゴドーを待ちながら』で神あるいはイエスを待っていた二人が三島由紀夫の『美しい星』を読む、という構造をしていた。
    『ミカド』には西洋(英国)の目から見たかなり戯画化された日本の表象があるのだが、それを下敷きにした本作では、反転して、それを新約聖書の内容の表象へと読み換える、あるいは改作してしまうという脱構築的とも言える作業が行われている。前作『美しい星』での構造が反転されていると言える(チラシのデザインがこうしたニュアンスを捉えていて秀逸)(→追記(12/17))。
    原作では天皇の表象だったミカドがキリスト教の神の表象に、皇太子の表象のナンキプーがイエスの表象へと転換され、『ゴドーを待ちながら』の二人に対応するティティプーの土人プー・パーとココの二人がイエスを磔にしたユダヤ人たちやローマ帝国のピラト総督、イエスと共に磔にされた盗人の表象になっている。
    ティティプーの土人たちにとって神はせいぜい炊飯器を持ち歩く生ける暴君に過ぎない。彼らは神に処刑・去勢されないように法を守っているふりをしていて、法にしたがってナンキプー=イエスを殺す"かのように"身振り(演技)まではしてみたものの実は殺していないから磔のあとの復活もなく、到来した神は一人子が生きていて喜ぶ。それがティティプー版の福音ということのようだ。(→追記(12/18))
    電光板にティティプーに伝わる悪魔の話が出ていた。鳥山明『Dr.スランプ』のガッちゃんが実は堕落した地球を滅ぼすために神から送り込まれたのにたまたま着いたところがペンギン村で使命をすっかり忘れている、というのを思わせるような話であった。それはティティプー版の福音と整合している。
    思想劇としてなかなか面白いと思う。またナンキプーが苦悩している場面やミカドが現れる場面には美的な強度があった。

    追記(12/17) 三島由紀夫『美しい星』における「日本における超越の不在」という問題意識では西洋の超越という観念に自らのUFOや天皇の表象を読み込むことでUFOや天皇に西洋の超越の観念の表象を読み込むことにもなっていた。『ミカド』は西洋から見た日本の天皇の戯画的な表象だが、この作品ではそこに新約聖書の超越の表象を(改作しつつ)読み込むことで新約聖書に天皇の表象を(改作しつつ)読み込むことにもなり、表象の照応関係の入れ子が反転されている。

    追記(12/18)この点については保留していたが、ナンキプーのハラキリ(からの復活)は本当と見なしたほうがよいと思われる。それも身振りにしてしまうとイエスの表象からずれ過ぎてしまうし、そのほうが三島由紀夫の切腹の表象というニュアンスも帯びる。

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    2013/12/14 00:07

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