満足度★★★★★
っていうのが、僕の2013年11月17日。
前作、『ベッキーの憂鬱』を観て一発にファンになった僕は、あらゆる嫌なことをあっちこっちに放り投げ下北沢「楽園」へ。そして観劇/感激。100点。最高だった。
前作は不在の交換留学生ベッキーを廻る物語であったが、今作は在しているけど在していない神戸ちゃんを廻る物語。どちらも核にあるのは、そもそも最初からあらゆる意味で到達不可能性を「授けられちゃっている」人間の悲しみ、切なさ、ほんのりとした同情。
神戸ちゃんの天才児(しかし元天才児となる)がゆえの圧倒的な「孤独」。それを抱きしめることの出来ない、大人なはずの仲間たち〔僕ら〕。それもそのはず仲間たち自身が仲間たちとすら理解し合えていない、「圧倒的な」すれ違い。
でも、僕らはなんとなくそれでもうまくやっていけている。困った時にはハッピーバースデイ。誕生日には僕らはつながることができる。だってそれは「誕生日」。だから、ハッピーバースデイ。魔法の合い言葉。
でも、「ハッピーバースデイ」で世界に花が咲くわけではない。本質的な所で僕らはわかり合えないという、「授けられちゃった」孤独。だから、もう地球の軌道を「グイッと」変えちゃうくらいのことをしないと。神戸ちゃんだって努力した。降りてきた。IQ低めな方へ。でも、ダメだった。誰も気づかなかった/気づけなかった。でも、それは「授けられちゃっている」人間が初めから持っている悲しみ、切なさ、だからこそほんのりとした同情を僕らは抱く。
前作とは全く別テイストでありながら、「楽園」という場を見事に使い切ったそのパフォーマンスには見事!の一言。とりわけラスト「雨にぬれても」のシーン。見事な「場の共有」の発露。だから「バイバイ」〔さようなら〕もできる。
ぬいぐるみハンター渾身の傑作と評価したい。