糸井幸之介×『安寿と厨子王』 公演情報 Produce lab 89「糸井幸之介×『安寿と厨子王』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    異なるテイストのしなやかな重ね合わせ
    22時の回を観劇。

    週末の、この時間の六本木での観劇は、常日頃劇場に足を運ぶのとはちょっと異なる感触があって刺激的。

    そして、舞台にも、その気分を裏切らない、いくつもの突き抜けがあって。
    一見バラけて舞台の様々な表現が重なり合って醸されるテイストを
    ふくよかに楽しむことができました。

    ネタバレBOX

    開演前から晒されている舞台上には、ギターが1台おかれているだけ。

    やがて、ゆるい感じで現われた出演者の前説とも挨拶ともつかない時間があって、その雰囲気に油断していると、突然に訪れる精度を持った表現にすっと心奪われてしまう。

    アルゼンチンタンゴにのっての冒頭のダンスから醸し出される色香は、本場物の脚の絡みなどがなくても、ニュアンスをすっと空間に放つ力がある。
    語られる物語も、ルーズな立ち位置を保ちながら、一方でそこから現われてくるシーンの役者としての二人の表現を映えさせる。単に物語が繫がれていくのではなく、要所が切り取られながら流れていく感じに、観る側はその場ごとの表現をよりインパクトをもって受け取る感覚に導かれて・・・。

    物語の顛末にしても、後半の安寿の被虐的なエロスにしても、一見脈絡なく、むしろ行きがかりの思い付きの態で表現されていくのですが、そのことと、実際に表現されるものの深さや強さや精緻さの落差に観る側は捉えられてしまう。

    歌にしても、差し込まれるダンスにしても、一見物語のテンションやコンテンツとは乖離しているのだけれど、でもそこにある世界の膨らみ方や身体が紡ぎ出す女性の愛らしさやポップさやキュートさに、熾烈な山椒大夫の責めが重なることで炙り出される、なんというか禁忌の匂いをもったエロスが浮かび上がって。

    それは、FUKAI PRODUCEの作品などでも体験した、とんでもない切っ先をもった緩さと同じ構図で、表現の奥行きや精度を持っいた表現のルーズな交わりだからこそ醸し出されるような、観る側が思いもつかないニュアンスを導き出していく。

    終演時には、とてもラフな物語の顛末と、緩くて広がりのある歌の印象と、ビビッドで身体の紡ぐものに留まらないダンスの感触と、そして人がその深淵に繫がれ息づく生々しくグロいエロスの温度が、バラバラでありながら一つの感触として残っていて。

    作り手の描き出す、観る側が拒むことができないような鈍色の高揚が暫く滅失せずに残ったことでした。

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    2013/11/04 11:30

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