20文字のRiver 公演情報 荒川チョモランマ「20文字のRiver」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    3つの別空間
    ギャラリー公演、3つの短編はそれぞれに異なるテイストを持っていました。
    で、それぞれの表現にしっかりとした骨と強さがあって、描くパワーに飲み込まれる。でも後には塗りつぶされることのない細やかな印象が残りました。

    ネタバレBOX

    石巻で演じられるというか、3.11のことを重ね合わせてみると、そこには作り手の感性様々なものが滅失していくなかでといろんな意図と表現の引き出しの豊かさが感じられる。

    冒頭に名前が冠された、美術品のような役者が目覚めるシーンがありまして、その目覚めから「最後の女優」の世界が導かれていく。役者の演技がパワーに裏打ちされて、満ちた日々から次第に滅失していく中で日々を生きる肌触りと、やがて全てが消えた中でも歩を続ける女優のありようが紡がれていく。そこに表層の華やかさと異なる女優が演じることへの性と、全てを失っても歩みつづけるロールの矜持や揺らぎがしなやかさに、そしてビビッドに伝わってくる。

    「止まり木の城」は表現の企みが真っ直ぐに置かれた作品で、時間軸が明示され、その中での3.11の今がくっきりと浮かび上がる。未来の子供たちの夢の稚拙さの中に語られる、未来に起こるであろう現実の風化があってでも描かれるのはその忘れられた過去の在り様に留まらない。翻ってその風化するべき現実を作り上げることにすら歩み出していない出来ていない今が削ぎだされていく。
    未来から俯瞰することで現われる、今の自らの座標とその姿にはっとする。

    不文恋歌」は童話仕立てになっていて、子供たちを物語に取り込むような魅力がありつつ、、大人にとってはちょっとビターな思い当たりと、心を揺らされ、満たされるようなコアが織り込まれていて。同じ言葉でも、当たり前にあるのに伝えられない鬱々とした感覚と、言葉を失ったもどかしさと、同じシチュエーションでも一度失っているからこそしっかりと言葉にできる感覚の遷移に真っ直ぐに捉えられてしまう。

    観終わって、3作それぞれの色に惹かれつつ、それが開演前に観た壁に飾られた作品の印象としなやかにリンクし広がりになっていることにも思い当たる。
    劇場ではないスペースギャラリーで上演しうる作品ということで、舞台装置などもシンプルだし、照明や音響なども尖った織り込まれ方をしているわけではなく、でもそれらに頼ることのない役者達の場を満たす力がしっかりと担保されていて、作り手の表現能力のふくよかさを感じたりも。

    ただ、正直にいうと、この作品、特に最後の作品は今回の会場の倍のスペースで観たかったなぁとおもったりもしました。これだけパワーを内包した役者たちの演技なら、空間が少々広がっても、舞台の密度が減じられることはないだろし、逆に今回のスペースでは大きな動きへの制約感や想いの振幅が場から抜けきらずくぐもるような部分もあって。
    ポータビリティがあり、またそれが必要とされる環境での上演も考慮された作劇ということでは、とても良く仕上げられているとは思うのですが、今回に関してはその仕様での作劇であっても、少々空間のタイトさを感じたことでした。

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    2013/10/20 07:54

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