伯爵のおるすばん 公演情報 Mrs.fictions「伯爵のおるすばん」の観てきた!クチコミとコメント

  • 圧倒的な短さで編む大河ドラマ
    手塚治虫氏の『火の○』に劣らない、壮大な物語を造ってしまった。
    ツッコミの炸裂する「笑い」が暗転を効果的に生かしてリピートし、全編で いつの時代も変わらない「愛」を映す。

    身分だとか、社会的なモラルだとか、男だ女だという性差だとか、人種だとか…。

    生涯5人の人間を愛した、1800年代生まれ の男爵には、時代ごとで愛すべき対象との大きな障壁があった。

    ネタバレBOX

    例えば 初めの恋人を拒ませたのは、登ることのできない「階級」(中世 フランス)である。

    しかし、考えてみれば、次の時代1990年代には「階級」という概念すら政治家の頭にはなくなっていた。
    「階級の否定」に他ならない。

    一方、その時代の障壁は「社会的モラル」である。

    日本で私立高校の保健教師となった男爵の目の前に、「透明な」女子高校生が現れたのだ。
    もちろん、「教師と生徒の愛」など社会的にNOだから、公職の彼は 障壁を破ることすらできない。


    そして、次の時代は2030年代。

    アウトスロー界を浸かった男爵は 、組の構成員の若い青年と「愛の生活」を過ごす。
    これからは近未来の人類の仮定を指すが、「社会的モラル」で人々の恋愛が制限される価値観=障壁も吹っ飛んだのかもしれない。


    こう人類の歴史を辿っていけば、「愛」の障壁は 時代ごとの闘いや草の根の運動によって崩れてきたのだ。

    今、インドなど世界中に身分制は存在し、完全に是正することは不可能だろう。
    だが、人類の潮流、流れ としては、「身分制」を葬り去る方向へ動き(人民の武装)、性差や人種を越える方向を求めてきた(草の根運動)。


    今作が型どった時代は その境目であり、非常に思慮を感じる構成だった。



    「エロいメイドの時代が来ます!」に象徴される「笑い」は、暗転を利用したからこそ生まれる。それはコントの形式で多用する方法だろう。
    だから少なくとも前半は、ショート•ストーリズを重ねた「アップルパイ」のような舞台である。
    逆の見方にすれば「薄っぺらい」感触も感じつつ、チラシ(絶賛したい)にも登場した女子高校生との「愛」「障壁」を映す第二幕でカーテンコールの時刻だと思った。

    しかし、私は冒頭、手塚治虫氏の『火の○』を わさわざ引用している。
    特に、二幕(女子高校生)、それに続く三幕、四幕、五幕がメッセージを帯びており、観るものをゲーテの世界に落としてしまった。

    一幕はメッセージ性というか、貴族社会のショート•ストーリズのようだったが、結局のところ中世フランス時代の「日常観察」の比較で 次幕以降の男爵の姿が浮き彫りになる。
    「人類の歴史」を語るメッセージを放つためには日常的な「笑い」を徹する演出も必要だろう。





    「たまたま窓にカナブンが入ってきただけ」

    男爵は、女性貴族の呟く この言葉を身にまとい、各時代を歩んだのだろう。


    話の中で「フランス領インドシナで日本軍の捕虜になった」事実も明かされた。
    1940年代の幕を描いてもよかった。
    対象は、雑用スタッフとして働く現地人女性か、紛れ込んでいたフランスの女性兵士で どうか。



    「いつ終わるのか」さえ解らない構成で、観客は「時間」のテーマに接しざるを得ない。
    この不安感が男爵に置き換えられる感情だとすれば、「やられた!」の一言である。


    世界的ベストセラー『ソフィーの世界』の光景を彷彿させる内容も 見受けた。

    何か、作品に影響を与えた書作や映画等あれば、聴いてみたいものだ。

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    2013/10/10 00:12

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