来訪者(作・演出:中津留章仁) 公演情報 TRASHMASTERS「来訪者(作・演出:中津留章仁)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    想像力
    正直、いつまでも“最初に構成ありき”のようなスタイルはどうなのかなと
    ちらっと思い始めていたのだ。
    そんな浅い考えを根こそぎブン投げる力強さと説得力があった。
    構成、台詞、役者、すべてが熱いメッセージを持っている。
    強力なスタイルには理由がある。

    ネタバレBOX

    北京の日本大使館を舞台に、
    尖閣諸島をめぐってトラブルの絶えない日中両国と、
    竹島問題を持ち出すタイミングを計りたい韓国が
    それぞれの思惑を抱いて情報戦を繰り広げている。
    危機感の薄い大使や
    紛争地帯での経験豊富な海千山千の外交官、韓国の外交官・中国共産党員らは
    駆け引きに明け暮れる。

    経済格差の広がる中国底辺層の不満は、今や日本だけでなく中国政府にも及び、
    ついに漁民に混じって武器を持った者が船に乗り込み
    尖閣諸島へ向かったという情報が入る。
    彼らの目的は負傷者を出し“戦争を起こすこと”だ。

    大使の細貝(山崎直樹)が、確たる証拠がないと日本政府への通報をためらう中
    彼の妻が中国側に人質に取られてしまう。
    日本政府が「取引には応じない」と突っぱねたことから
    細貝は妻を助ける道を断たれ、絶望のあまり拳銃自殺する。
    襲撃される日本大使館。
    混乱の中、中国人家政婦をかばって外交官岸(龍坐)が撃たれて負傷する。

    “国家の問題”が“個人の感情”に左右される事実がリアル。
    危機感の薄い大使は、妻が人質に取られて初めて強大な負の感情に気付く。
    絶望して「国を裏切るために必要なものは何か」と問う細貝に、岸が答える。
    「それは想像力です」と。
    外交官にも政治家にも「想像力」は必須なのだが
    実は「想像力」など無い方が政治は動かしやすいし、
    そんなもの持っていない政治家が仕事をしているという事実を突き付ける台詞だ。
    そして、日中戦争が勃発する。

    期待に違わず大使館内部のセットが見事。
    この環境に日々身を置く人々が次第に想像力を失って
    “多少の犠牲はつきものだ”的な考えになって行くのが解る気がする。
    緻密なセットは、“環境が人間の思考回路を作る”事を視覚的に教えてくれる。

    その後の状況は、ナレーションと共に雨のような文字情報でスクリーンに流れ
    第二部は一転、休戦状態に入った尖閣諸島ののどかな風景に変わる。

    国を追われ、あるいは居場所を失ったかつての外交官たちがここで暮らしている。
    日本と中国が、それぞれ領有権を主張するために
    ここに人を住まわせているのだ。
    一見のどかだが、実は一触即発の危険を孕んだ島の現実。
    そしてここでも国家の行方を左右するのは個人の感情だった…。

    「あなたが僕を嫌いになるから、僕もあなたを嫌いになる」
    中国人を蔑む島の漁師に対して、島に住む中国人陳(阿部薫)が叫ぶ台詞だ。
    (阿部さんの中国語、大変努力されたと思う)
    島では中国人の元家政婦姜(林田麻里)が通訳をする。
    この時差がまた、日中関係のもどかしさと面倒くささを体現している。
    全編通して韓国人、中国人の日本語がそれらしく、この台詞量をよくこなしたと思う。

    大使役と漁師役(異母兄弟という設定に笑ってしまった)の
    二役を演じた山崎直樹さん、どちらもいいけどやはり漁師が素晴らしい(笑)
    中国人と仲直りする武骨だけど人の気持ちがわかる漁師が上手い。

    紛争地を渡り歩いて人脈もあるが、時に単独行動で突っ走る
    外交官岸を演じた龍坐さん、この印象的な風貌で全く違った顔を見せるから
    やはり二部構成は面白いと思う。
    人間の多面性を誇張するにはうってつけの構成だ。

    多面性という点では浜島(吹上タツヒロ)と乃波(川崎初夏)コンビも
    振れ幅大きくて魅力的だった。
    第一部では理路整然と持論を述べる外交官の二人が
    結婚して島で暮らすうちに不仲になり、乃波が中国人陳と不倫…。
    ダメダメ夫と、女としての素朴な感情が露わになるあたり、とてもよかった。 

    中津留氏は、今リアルタイムで時事問題を芝居にできる数少ない劇作家のひとりだろう。
    現実を解説するなら“そうだったのか、池上彰”で十分だ。
    だがそれを動かす個人の感情を国家に対比させて「侮るなかれ」と警告する
    この危機感のあぶり出し方は、やはり演劇ならではだと思う。

    ラスト、日中はまた戦争になるかもしれないという暗澹とした中で
    岸と姜が結婚を誓うという終わり方にひとすじの希望が残された。
    国家は人を幸せになどしてくれないが、
    幸せになる方法はほかにあると、私も思いたい。

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    2013/03/22 03:45

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