見渡すかぎりの卑怯者 公演情報 ジェットラグ「見渡すかぎりの卑怯者」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    卑怯者の国
    「自分を評価するのは常に自分以外の人である」という事実は、時にひどく人を苛む。
    いくら自分を信じても、誰も正しいと言ってくれなければそれは勘違いに他ならない。
    精神病棟を舞台に「正しい人間」「正しい治療」「正しい選択」をめぐって
    患者・医師・家族全ての人々が自分を責めながら悩んでいる。
    まるでサイコサスペンスのような、ラストの衝撃が空恐ろしい。

    ネタバレBOX

    舞台正面に巨大なキャンバスを据えて、黒ずくめの男がひとり絵筆を握っている。
    彼の妻が、謝罪して頭を下げる担当医に投げつけるように言う。
    「謝らないで下さい!それじゃまるでこの選択が間違っていたみたいじゃありませんか!」

    画家の権田(若松賢二)は、どうして自分が精神病院などに入れられたのか判らない。
    誰かの首を絞めたらしいのだが覚えていないのだ。
    患者を平気でキチガイ呼ばわりして薬物治療を信じる院長(三浦浩一)は
    権田の担当医(内田亜希子)とことごとく意見が合わず衝突してばかりいる。

    権田の病室にはもう一人の入院患者、坂東(若松武史)がいる。
    彼は権田の絵の師匠で、権田は偶然の再会を喜ぶが
    坂東もまた妻の首を絞めてここに入れられたのだという。
    坂東の妻(佐藤真弓)は担当医と頻繁に話し合いにやって来る。
    ここには又、指示待ちタイプの看護師(若葉竜也)がいてぼんやり患者を見守っている。

    ここで言う「卑怯者」とは
    「うすうす感づいているくせに気付かないふりをしている奴」のことだ。
    精神病棟という特異な空間に慣れ切って感覚がマヒしているかのような院長が
    権田の錯乱をきっかけに深い洞察を見せるところが面白い。
    院長の「治るって何なんだろうな」という一言は
    患者にとって自然な状態を、「治療」と称して敢えて不自然な状態にすることへの
    強烈な違和感とそれに加担する職業のジレンマを表わしている。
    この「サイテー医師」から「立ち止まり悩む真摯な医師」への変化、
    患者の錯乱状態で目覚めたと言うだけではイマイチきっかけが弱い気もしたが
    三浦浩一さんの演技は、どちらもひとりの医師の中にある葛藤で
    根っこは同じなのだという人格の統一感が感じられた。

    一見正義感あふれるかに見える担当医が、実は「治してみたい」という
    自分の欲望に抗えず、院長に内緒で実験的な治療を施してみたりする。
    周囲の承諾を得たとは言え、結果的に彼女のエゴが権田の人格を崩壊させていく。

    夫が精神病院に入院した事によって経済的・世間的に大きな影響を受ける妻は
    「治って欲しいのか治って欲しくないのか」自分でも良く分からなくなっている。
    もう一度絵を描いて欲しいが、精神病患者の絵などもう売れないかもしれない。
    新しい治療をすることで国からの手当てがもらえなくなるのは困る。
    夫を追い詰めた要因のひとつは自分の言動であることに、彼女は気づいているのか。
    佐藤真弓さん演じる妻は“ひとりだけ素人”の立場からの発言が率直で可笑しい。
    なめらかな声で、天然のボケぶりとしたたかさを持ち合わせる妻を演じた。

    若松武史さんの、どこか泣き笑いのような表情が哀しい。
    抑圧された自己と向き合う為には、こういう方法しかなかったのか。
    飄々と軽やかな台詞回しの中に、追いつめられた者の叫びが聞こえる。

    松田賢二さんの、身体の動き・強張り方・苛立ちがリアルで
    人格の入れ替わりが良く分かった。
    どうして入院させられたのか全く思い当たらないという混乱ぶりに
    観ている私も自然と感情移入出来た。

    非常に興味深いのでネタバレするのが惜しいから敢えて書かないが
    脚本がとても面白くて謎も緊張感も尻上がりに高まって行く。
    箱庭円舞曲の作・演出である古川貴義さんは、台詞にメリハリがあって聴かせる。
    劇的な照明と共に、テンポの良い展開と場面転換でキメの台詞が際立つ。

    そしてラスト、冒頭と同じ場面が繰り返されるが、今度の画家は白ずくめだ。
    客席を振り向いて「卑怯者・・・」とつぶやく彼の視線の先には
    ここもまた見渡す限りの卑怯者が並んでいたことだろう。

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    2012/12/14 03:27

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