通し狂言 塩原多助一代記(しおばらたすけいちだいき) 公演情報 国立劇場「通し狂言 塩原多助一代記(しおばらたすけいちだいき)」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    心洗われる人情噺
    国立劇場に通し狂言を観に来たのは久しぶり。本作品は写真と脚本集でしか知らず、一度観てみたいと思っていたが地味そうな作品なので観るまでは、不安だったがとても面白くて楽しめた。

    興行的には地味でも、復活や埋もれた作品の再演は国立劇場文芸課だからこそできる立派な仕事。

    本作もそうだが、復活上演は新作と同等以上の労力が必要。

    伝統芸能の補助金投入に消極的で、現代新作上演にこだわる橋下大阪市長には理解してもらいたいものだ。


    私が子供の頃、塩原多助の話を芝居で観たのは喜劇の劇中劇で、それでは困窮した多助が愛馬を手放す設定だったが、本作では命まで狙われたため、やむなく故郷を捨てる決心をしたというもの。

    この芝居、同世代の俳優が多く出演していて、学生の頃交流した人たちなので懐かしかった。

    当時はいまと違い歌舞伎低迷期で公演数が少なく、若手に役がつかなかった時代だが、当時の若手がいまは50代以上になり、芝居の中軸を担っている。感無量である。

    こつこつ努力する人が報われない現代、心洗われるような内容の芝居で、こういう芝居が上演できるのも歌舞伎の良いところ。

    観客が中高年以上で占められ、「金より情」の多助に共感し盛んな拍手が送られていたが、気持ちよく劇場を出ることができたのが何よりである。

    ネタバレBOX

    実直で人情が深く利口な多助に三津五郎はうってつけ。

    出世後の多助には洒脱味も出て出色の出来である。


    橋之助が幼なじみの百姓と悪女が化けた尼の二役を演じ、こういう配役も観客にはごちそうだ。

    女形の声音が父の芝翫そっくりで、個人を偲び聴いていた。

    中村錦之助は色悪も板についてきたし、口跡が先代の錦兄を偲ばせる。
    巳之助の不良息子も面白い。

    市村萬次郎・河原崎権十郎兄弟も父の羽左衛門の役どころを手堅く演じている。

    萬次郎は今回、かつて父の演じた役を演じているが、萬次郎は羽左にはないひょうきんさがあり、客席を沸かせていた。

    美人女優・山本陽子似の若女形だったのが嘘のようなお爺さんぶりだった(笑)。


    後家のお亀役の上村吉弥は前半の色香ある悪、後半の哀れをきっちりと演じ分けた。

    若手時代に実力を買われ、上村吉弥を襲名した人。

    先代は婆役でならした名脇役だが、江戸時代は花形役者の名跡で、当代は襲名時に、花の部分も期待され、期待に応える役者に成長した。

    ただ、私の観た日は初日近くで新作同様の作品のせいか台詞が入っておらず、彼だけがとちりが多かった。

    東蔵は今回親子三代共演。歌右衛門のもとで修業し、先代猿之助一座を支えた人だが変わらぬ若々しさに安堵。

    坂東秀調も老け役が先代そっくりで前名の慶三だと気付かなかった程。


    誠実な商いで顧客第一主義を貫く多助は、現代の企業人にも見習ってほしい。


    古典芸能はとかく保守的と見られがちだが、伝統芸能ならではの変わらぬ良さがある。

    刹那的でコロコロ変わる世の中では、私には一服の清涼剤なのだ。

    0

    2012/10/14 13:32

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大