クーザ 公演情報 CIRQUE DU SOLEIL「クーザ」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    生身のファンタジー
     公演ごとにタイトル、設定を変えて演じられる、シルク・ド・ソレイユの最新作。「クーザ」とは、少年イノセントがトリックスターに誘われてやって来た「不思議の国」の名前だ。
     登場してくるキャラクター一人一人に名前があり、彼らの至芸にイノセントは魅せられていく。もちろん観客もである。
     少年の名前が「イノセント(無垢)」であるように、私たちもまた心を無垢にして、クーザの人々が繰り広げるイリュージョンにただ純粋に感嘆の声を上げるばかりである。もしもそのイリュージョンが小手先のものでしかなかったら、誰も感動はしない。やはりシルク・ド・ソレイユのメンバーの芸が、我々の想像を超えて、まさしく一つのファンタジック・ワールドを構築し得ているからこそ、万雷の拍手も起きるのだ。
     演じているのは生身の人間であるから、本当のファンタジーの住人のように、空を飛んだり火を吐いたり変身したりはしない。しかし、空中ブランコも、ダンスも、アクロバットの数々も、人間の身体能力の限界に挑戦し、それらに匹敵するだけの鮮やかな幻想を見せてくれている。
     別れの時間は必ず訪れる。物語が幕を閉じたあと、どの観客の胸にも一抹の寂しさがよぎったことだろう。『オズの魔法使い』や『ナルニア国ものがたり』のように、クーザの世界もまたシリーズにならないかと、心に願ったのは、私だけではないはずだ。

    ネタバレBOX

     そう大昔の話でもない。サーカスのイメージと言えば、その煌びやかさの影に何かしらの「闇」を内包していることが常であった。
     小説や映画にサーカスのシーンが登場する時、それはしばしば「逢魔が時」のイメージと重ねられる。『美しき天然』の調べとともに現れる素顔を隠したピエロは、主人公を迷宮に誘い込む魔性の使徒のように描かれることも少なくなかった。
     眉村卓『迷宮物語』のイメージはその代表的なものだが、これがわが国だけの特徴でないことは、トッド・ブラウニング『フリークス』や、『ダレン・シャン』のシルク・ド・フリークの例を見ても明らかだろう。
     サーカスを構成していた人々は、そもそも我々とは違う「異世界のマレビト」であったのである。

     しかし、シルク・ド・ソレイユにはそのような「暗さ」は微塵もない。「太陽のサーカス」と名乗る通り、暗闇の天蓋にあっても、クーザの住人たちはひたすら陽気で、孤独な少年イノセントの心を癒すことだけに腐心している。

     ひとりぽっちで凧揚げをしている少年。凧はいつまで経っても揚がらない。どこかで見たような風景だと思いながらも、舞台を見ている最中は気がつかなかったが、あれは漫画『PEANUTS』のチャーリー・プラウンの定番のシーンにそっくりだ。
     どんなに努力しても揚がらない凧。やることなすことうまくいかない、草野球でも一度も勝てない、そして友人たちからはちょっとバカにされている移民の子のチャーリー。誰も、彼の孤独な魂には気がつかない。
     イノセントの周りにも、友達は誰もいない。楽しいサーカスを観に来たはずなのに、私たちの前に最初に提示されるのは、どこまでも寂しく哀しい、少年の傷つきやすい心なのだ。

     クーザの住人たちがイノセントに与える「夢」は、いずれ効力が切れる魔法などではない。
     彼らはファンタジーの住人だが、彼らの見せる「芸」は、人間が肉体の限界に挑戦することで紡がれる夢だ。

     キングとそのお供の二人のクラウン。
     クーザの王でありながら、やってることはたいてい客いじり。舞台に出るたびにアナウンスで「舞台から離れなさい!」とお叱りを受ける。嫌がるお客さんを舞台に引きずり出して、消失マジックにかけるあたりまでは予測が付いたが、銃声一発、客席の一つが突然“せり上がって”、お客さんが晒し者になったのには驚いた。ちょっとしたドッキリカメラである。
     マッド・ドッグ。
     その名の通りのイカレた犬。もちろんぬいぐるみで本物の犬ではない。イノセントにまとわりついて離れないこともある。
     へイムロス。
     鉄カブト、ヨロイに身を包んだ地下の住人。なぜそこにいるのか何をしているのかよく分からないが、幕間の「休憩」時間を教えてくれる。
     ピックポケット。
     変装の名人で、狙った獲物は必ず頂く大泥棒。と言うかスリ。お客さんから本当にサイフやネクタイをすりまくっていたから、本業なのであろう(笑)。警官は彼を追うのに血眼だが、ところがこれが捕まらないんだな。でもイノセントからは何も盗まない。
     スケルトンたち。
     骸骨なんだが、顔はどっちかというとドクロと言うよりも『ナイトメア・ビフォア・クリスマス』のジャック・オ・ランタン。彼らがいるということは、クーザは死後の世界なのだろうか。
     そしてトリックスター。
     宝箱の中から忽然と現れて、イノセントをクーザの世界に連れてきた張本人。神出鬼没、彼が振るうステッキで、世界はいかようにも変化する。どうやら彼がクーザの世界の創造主らしいのだが、なぜイノセントを選んだのか、それは最後まで分からない。

     1.Charivari(シャリバリ)
      19名のダンサー、アクロバッターによるオープニング・パフォーマンス。
      中央の巨大な三層ステージの屋上から下のトランポリン目がけてダイブする(10メートルはあろうか)アクションで、いきなり客の度肝を抜く。
     2.Contortion(コントーション)
      三人の少女が、軟体動物のように体をくねらせ、えびぞったり積み重なったり。あれだ、往年のキング・アラジンの芸を思い出していただければ。
     3.Solo Trapeze(ソロ・トラピス)
      サーカスの花形、空中ブランコが早くも登場。あのブランコ、正式にはトラピスいう名前らしい。演じるのは女性1人だ。よくある2人組、3人組での空中タッチなどはないが、たった一人でも、バトンから手が離れるたびに、歓声と言うよりは悲鳴が起きる。喉が鳴ります、牡蠣殻と。
     4.Unicycle Duo(ユニサイクル・デュオ)
      一輪車に乗る二人組の男女。車上でダンスするだけでなく、男が女を軽々と持ち上げるのだから、 どれだけバランス感覚が凄いか。
     5.Double High Wire(ダブル・ハイ・ワイヤー)
      3人の男性による綱渡り。チャップリンの『サーカス』でもメインになった芸だが、今の観客はあの程度ではもう驚かない。綱の上でジャンプする、相手を飛び越える、椅子の上に乗る、肩車で立つ、縄跳びをする、自転車に乗る……。さほどふらつく様子も見せず、地上の動きと何ら変わりがないように見えることに驚嘆。
     6.Skeleton Dance(スケルトン・ダンス)
      豪華絢爛な骸骨たちのダンス。彼らを束ねる骸骨王は何者なのか? バックステージで踊るシンガーの歌声とダンスにも魅せられる。
     7.Wheel of Death(ホイール・オブ・デス)
      命綱もなければトランポリンもない。空中で回転する巨大な二つのホイールの上で、走り、ジャンプする二人。この眼で見ても、本当の出来事だとは思えないくらいに圧巻。観客の歓声が最も多く上がった、本ステージの白眉。
     8.Hoops Manipulation(フープ・マニピュレーション)
      アクロバチックなのにセクシー。女性の回すフープの数がどんどん増えていく。
     9.Hand to Hand(ハンド・トゥ・ハンド)
      男女の「愛」を二人の「バランス」で表現する。男性の周りを軽やかに動いて、時には肩や腰の上に足一本で立ってみせる。バランスが崩れれば愛も壊れるのだ。
     10.Balancing on Chairs(バランシング・オン・チェアー)
      椅子が1脚、また1脚と積み重ねられていき、その上でパフォーマンスを繰り広げる演者の男性。あれだけ危うい姿勢、片手だけでポーズを取っていて、なぜ椅子が崩れないのか、不思議としか言いようがない。
    11.Teeterboard(ティーターボード)
      クライマックス。シーソーで空中に舞い上がる演者たち。空中できりもみ回転してトランポリンに着地、さらには他の演者の肩にすっくと立ってみせる。縁者たちはイノセントにもジャンプを促すが、彼は固持する。
      もう、別れの時が近づいていたのだ。

     波が引くように、ダンサーたちは舞台からいなくなる。
     トリックスターも、魔法のバトンをイノセントに渡して消える。
     舞台に残ったのは、イノセントとキングの二人だけ。
     どこかに飛んでいったはずの凧を返してもらい、イノセントはキングから王冠を手渡され、それを被る。それは、彼がクーザの世界にいたことの証だ。
     イノセントはまたひとりぼっちになる。
     けれども、以前のように、その心までが孤独ではなくなったことは間違いのないことだろう。それは、クーザの世界に触れた観客がやはり、胸いっぱいの幸せを噛みしめているからである。

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    2012/03/04 20:12

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