奴婢訓 公演情報 演劇実験室◎万有引力「奴婢訓」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    溢れるダークなイメージたち
    「舞踏」な感じの登場人物と演出。
    舞台の上には一定の緊張があり、どこを切り取っても暗黒で美しい「画」となる。
    それは無間地獄のような。

    ネタバレBOX

    スウィフトの『奴婢訓』に宮沢賢治のあれこれをぐいぐい押し付けてなすりつけたような作品。

    つまり、主人がいない屋敷で、召使いたちが、それぞれ主人になりすまし、召使いがやってはいけないことを実践し、させるという「不道徳」なところに、「雨ニモマケズ」の賢治がやってくるという、皮肉の上に皮肉を被せてあったと言っていいだろう。

    全体は18パートから成り、各パートごとに「やってはいけないこと」を披瀝する。
    その様は、グロテスクでダーク。
    とは言え、ちょっとしたユーモアもそこにはある。
    ま、ユーモアもグロテスクとダークの裏打ちがされているのだが。

    テーマになっているであろう「リーダー不在」や台詞にもあった「リーダーがいないことの不幸よりも、リーダーを必要としている不幸」に関して言えば、「本当のリーダー(主人)」ではない者たちが何人入れ替わっても、堂々巡りで悪ふざけにしかならず、無間地獄の様相を呈することになるということ。
    それは、(ちょっと直截すぎるのだが)コロコロと短期間に首相が替わるどこかの国を見ているようであり、本当のリーダーがいないところは、よそから見るとこんなに酷いということだ。
    つまり、その国では、リーダーは本物ではなく、その資格を持たないものが「なりすましている」ということになろう。

    舞台は、高さのあるゴツゴツしたセットで、何だかわからない機械が点在する。
    その高さと、客席にまではみ出してくる登場人物たちにより、会場全体が舞台世界に取り込まれていく。
    存在感のあるセットをうまく活用し、自分でお尻を叩いたり、座席が上下にくるくると回ったりと、機能としては意味のない不気味な機械たちを駆使する。

    そこに白塗り半裸だったり、頭をそり上げていたりという状態で、凝った衣装を纏った登場人物たちが「画」になるような形で揃う。
    ちよっとしたシーンであっても、後方ではきちんと別の演技を続けていたりすることで、舞台の上には一定の緊張があり、とても美しいのだ。

    頭をそり上げ半裸に白塗りという姿は、舞踏を彷彿とさせ、確かに動きも、舞踏それに似る。
    こういう言い方は失礼かもしれないが、舞踏の身体を持つ人たち(つまり舞踏の世界の人たち)が、同じ演技をしたとすれば、さらに強いイメージがそこにあったのではないか、と思ってしまった。

    しかし、演劇の身体であることで、できることがあるのも確かだ。

    台詞は一部聞き取りにくかったのだが、それよりも、舞台から届く強いイメージを楽しんだというところだ。

    音楽は、基本、生演奏で、客入れから鳴っており、舞台の上にも徐々に人々が現れていく。

    生演奏というライブ感が素晴らしく、舞台のイメージと相まって、18楽章からなる音楽の、まるでイメージPVを観ているような感覚すらあった。
    イメージPVというたとえは的を射ていないとは自分でも思うのだが、そだけ音楽に強さと主張、そして存在感を感じたということでもある。

    めくるめく悪夢な感じと、会場を見事に使い切った舞台はとても素晴らしいものであった。

    ダリア役の旺なつきさんの発声と歌はさすが!
    存在感たっぷり。

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    2012/02/17 04:54

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