たった一人の戦争 公演情報 燐光群「たった一人の戦争」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    未整理で、未消化な「今」を切り取る
    「演出の都合上、長くはありませんが、お立ち見いただくことがございます」という但し書きがあった。
    「何だろう?」と期待しつつ、座・高円寺の劇場へ。

    ネタバレBOX

    会場に着くと、まず、腕に腕章を付けられ、この場所を説明するパンフを渡された。
    そして、オレンジの作業着で黄色いヘルメット姿の人たちの前に、付けられた腕章の色と番号に従って並ぶ。1つの色のチームは8人編成。
    この場所「檜谷地下学センター」の注意事項などを聞かされる(観劇に関するものではなく)。

    受付前には、なんだかよくわからない(モグラ?)ゆるキャラが愛想を振りまいており、手にしたカセットデッキからは、この場所、すなわち「檜谷地下学センター」の解説が流れている。
    まるでテーマパークのアトラクションに入る前ようだ。
    観客たちのざわつきが気持ちを高める。

    時間になり、劇場内へ。
    そこはどうやら大きなエレベータのようだ。
    観客はそのエレベータで地下1キロの場所へ行く。
    着いたのは、檜谷地下学センターが、地層科学研究をしている場所の地下。
    地下に降りると所員からこの場所の説明がある。
    しかし、それを遮る者がいた。彼女によると、ここは実験施設の名目で作られているが、ゆくゆくは放射性廃棄物の処分施設になるのではないか、ということだ。

    彼女を含む、観客と一緒に地下に降りた、あるグループのそれぞれのエピソードが語られていく。

    (観客は席に誘導されて着席する)

    彼らは、この施設を運営する側から見ると厄介者のグループであった。例えば、この施設の上にかつて住んでいた者(本来はこの施設の上−地上−は、ダムになる予定だった)だったり、福島からやって来た者だったり、この施設の危険性を訴える者だったり、などなど。

    私たちの多くが、震災後の福島原発の事故で知った事実がある。
    例えば、使用済み核燃料の廃棄の問題。例えば、原発に絡む交付金の問題。例えば、避難地域に指定された場所のこと。
    そういう、テレビや新聞、雑誌やネットなどで目にし、耳にした情報が戯曲に織り込まれていく。

    特に舞台となる地下の実験場(核廃棄物保管施設)のエピソードは、『100,000年後の安全』というドキュメンタリー映画にもなったフィンランドのオンカロを模しているようであり、内容もそのドキュメンタリーからの引用が多いように感じた。

    また、それ以外の、例えば避難地域に指定され、一時帰宅した家族のエピソードも散々テレビ等で報道されたものの、サマリーのようでもあった。

    もちろん事実であろうが、そうした情報を集めて作り上げた印象が強かったのだ。

    ただし、演劇的なシーンも数多くあり、それらの情報を有機的に結び付けていた。
    例えば、ダム建設のときに1人で戦っていた男の影や、地下にいる不気味な煉瓦職人たちと、玉にした放射物質を含む土、携帯小説を書いている女性と他人には見えないパートナー。
    そんな仕掛けが、特に煉瓦職人たちが、あまりにもアングラであり、楽しいのだ。

    そして思いの外、「音楽劇」だと言ってもいいだろう。「歌」がひとつのキーになっていく。

    妙にリアルな情報群とそれらの虚構的、演劇的な要素が、もうひとつしっくりとこないのは、情報が生々しすぎるからではないだろうか。

    それは、また、坂手洋二さんの想いが強すぎて、いろいろ盛り込みすぎた、ということもあろう。

    しかしこれは、「今」を切り取っていて、「今」でしかできない舞台である。
    つまり、現在進行中であり、「整理」も「総括」もできていないからだ。即時性のある舞台であると言っていいだろう。
    未整理で未消化で、だけど、「今言っておきたい」という想いの強さが溢れていると言っていい。

    後10年、あるいは50年経ったときには、このときの出来事を誰かが総括して、舞台化してくれるかもしれない。
    それまで待っていられないという焦りと憤りが感じられた。

    テーマパークのアトラクションのような導入と、虚構の物語をまぶしてはいるが、そこで観たモノは、「え、それってウソだろ?」と言ってしまいそうな真実である。
    そんなウソのような酷い真実の中に私たちは、今、生活しているということなのだ。
    だから、テーマパークのアトラクションのような導入は、実は哀しい。モデルになったらしい施設でも行われている見学会は、何かを隠蔽するような企みでもあるからだ。

    開演後、係員に否応なしに誘導されて、エレベータで地下1キロに降りた私たちは、そのエレベータでもとの地上に戻ることはなく、腕章を入口で返却して帰宅した。

    だから、実はまだ、アノ地下1キロのところに私たちはいるままなのだ。
    ウソのような世界の中に。

    劇中で歌われる以下の歌が、坂手さんが声を大きくして言いたいことなのだろう。
    作品のタイトル『たった一人の戦争』がここでクローズアップされていく。

    「たった一人で歩いていたら、歌を歌いたくなった
    たった一人で歩いていたら、子供の頃の歩き方になった
    たった一人で歩いていたら、帰り道がわからなくなった
    たった一人で歩いていたら、地球を救うのは自分だと気づいた」
    (『たった一人の戦争』より)

    この舞台となった地下学センターのモデルらしき場所がある。「幌延深地層研究センター」という場所だ。
    http://www.jaea.go.jp/04/horonobe/center.html

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    2011/11/26 06:02

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