Utrobne ~ 虚舟 ~ うつろぶね 公演情報 横浜赤レンガ倉庫1号館「Utrobne ~ 虚舟 ~ うつろぶね」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    「現代」が消えていく
     ものすごい熱量に、圧倒される舞台。僕は、痛々しさに、逃げ出したくなったが、同時に、目をそらすことができなかった。こちらをどんどん揺さぶる熱さに、正直辟易したけれど、強く突き刺さって、離れない。見終わってからも、この舞台につきまとわれているような気がしている。逃げ続けているように、感じている。

    ネタバレBOX

     舞踏家、笠井叡と、息子の端丈のダンス公演。ホールをぐるりと椅子が囲む平舞台。若い女性4人の、しっかりと振りつけられた群舞の中心で、笠井親子が即興の動きをみせる。

     女性たちの流麗なダンスと、ぎくしゃくした即興の動きの対比が、際立つ。そして、即興は次第に行き詰まりを見せていく。同じ動きが目立ち始め、動きに生じた迷いが変な間をつくったり、ほころびが目立つようになる。決まった動きをなぞる群舞が、反対に生き生きと美しく映っていくのに対して、即興の痛々しさは、ひたすら生々しく映る。

     なにより痛々しいのは、67歳の老体で激しく踊る、笠井叡だ。彼は、舞台の始めから終わりまで、激しく動き回りながら、客席をまわり、そして、観客のひとりひとりに、ぎりぎりまで顔を近づけて、大声で喋りまくる。「人間が、ケータイのマネをするようになっちまった! ケータイなんて、虚舟の中に隠しておけ!」「日本なんて国は、もう、どこにもなくなっちまった! 日本があるのは、ただ、この、劇場の中だけだ!」

     舞台の熱量が増すほど、客席が凍り付いていくよう。「光よりも速い物質が発見された! ということは、ものごとの因果が逆さまになる可能性が出て来たのだ! つまり、いまや、観客がいるからダンサーが踊るのではない。観客が、踊るのだ!」容易には理解できない自説を、客席をまわり、ひとりひとり、無理矢理目を合わせながら説き始めたときには、もしや本当に踊らされるのか!? と、客席全体を戦慄が走った(さすがに踊らされることはなかったが)。

     対比が、どんどん際立っていく。生き生きした群舞と行き詰まる即興。同じ即興でも、舞台の中央で無言のまま踊る笠井端丈と、客席をまわりながら、個性的な自論をまくしたて続ける笠井叡。群舞から即興。無言の息子と、必死に自説を叫び続ける父親。二重三重に、現代から遠ざかっていく。隔たっていく。

     重なるように、舞台上の物語の上でも、時間は遠ざかっていく。物語は、現代の渋谷から始まって、戦後、戦中の日本を通過し、人間の誕生する以前、はるか古代へ向って時を遡行していく。ほとんど舞台の主人公である笠井叡は、生々しく、痛々しさをさらけ出しながら、物語上でも、現代から遠ざかっていくのである。

     僕は、岡田利規の『クーラー』を思い出す。若い男女の会話。男は、政治のトーク番組の中の、他人の話を一切聞かずに自説をひたすら喋りつづける「やつら」の、信じられないような「粘り」をすごいと思うという話を、ひたすら続ける。女は、相づちを打ちながらも、部屋のクーラーが寒いことにしか感心がない。一方的に自説を叫ぶ笠井叡。こちらの話を決して聞いてくれそうにない彼の「粘り」をすごいと思いつつ、世代のギャップを理由に逃げ出そうとする僕は、一方で、他人の話を、聞いているつもりで、実は聞く気がない、無言で、無関心に、踊る、ケータイのマネをしている人間なのかもしれない。

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    2011/11/02 14:19

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