散歩する侵略者 公演情報 イキウメ「散歩する侵略者」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    インベーダー・ゴー・ホーム!
     演劇でSF作品が成功した例は少ない。小説のようにどこまでも読者のイマジネーションに頼ることもできないし、映画のように主にSFXによるスケールアップも困難である。下手にセットや仕掛けに凝ってもかえってチャチになるばかりだ。
     必然的に、舞台を限定した日常SF、ワンアイデア勝負の作品が多くなるが、プロでもSF作品に通暁している劇団は必ずしも多くはなく、傑作が生まれにくいのが現状だ。ヨーロッパ企画の舞台など、この程度のレベルで演劇人たちが賞賛するのはどうかと疑問に思わざるを得ない。他のジャンルに疎すぎるのが現代演劇人の大きな欠点であろう。
     その点、「イキウメ」に期待できたのは、タイトルで既に『ウルトラマン/侵略者を撃て!』や『ウルトラセブン/散歩する惑星』などを連想させていて(劇中、ちゃんと『ウルトラマン』にも言及されている)、観客にSFファンを視野に入れていることが明示されていたからだ。脚本・演出の前川知大の、これは観客への大胆な「挑戦」である。
     結果、私たち観客は、見事に前川氏の前に「敗北」することになった。『散歩する侵略者』は、数ある日常SF、侵略SFのジャンルの中で、斬新なアイデアを盛り込んだ傑作になり得ていた。
     宇宙人と地球人の邂逅を描く場合、文化の違い、価値観の違い、存在の成り立ち自体の違いから起きるディスコミュニケーションをモチーフに描くのは基本中の基本だが、ともすればそれは「どちらの文化が優秀か」という優位性の問題に収斂されがちだ。
     本作の場合も、観客はうっかりすれば情動的に「“愛”の優位性」を感じて涙を流すことになるかもしれない。しかし、本質的にはこの物語は「奇跡」や「感動」を拒絶し、極めて理知的な整合性のみで成り立っていろ点に最大の面白さがある。「愛」は事態を解決する手段としては、実は全く機能していない。「愛」がもたらすものは、むしろ「混乱」なのである。
     「愛は地球を救う」という陳腐な結末になりそうになった寸前で「止める」、その「抑制」がなければ、この物語は凡百な既存のSF作品の中に埋没してしまうことになっただろう。ラストの一言こそが本作のキモである。聞き逃してはならない。

     未見の方には、小説版(メディアファクトリー/1400円)も出版されています。戯曲版との相違点もありますので、ご一読を乞う次第です。

    ネタバレBOX

     とは言え、その「ラストの台詞」は、いかにも聞き逃しやすいように、さらりと語られる。「泣き屋」の観客には、そこまでの展開で充分泣かしておいて、「気がつく人にだけ気付く」ように、最後のどんでん返しを前川氏は仕掛けた形だ。

     宇宙からの侵略者たちは、地球人に乗り移り、他人とのコミュニケーションの中で、自分たちにはない地球人の持っている「概念」を調査しようとする。
     侵略のための「前準備」で、ここまでならば、既存のSF作品にもよくある手法だ。しかし、斬新なのは、宇宙人たちにとって単なる「調査」のはずだった行為が、実質的に「侵略」として機能してしまった点だ。「概念」をもらう行為が、文字通り、他者から概念を「喪失」させることになる。
     その結果、「概念」を奪われた者たちは、「言葉は知っているのに、その意味するものが分からない」ゲシュタルト崩壊を起こす。人為的に、相手にアスペルガー症候群と同じような症状を起こさせることになるのだ(恐らく、作者の発想もそこから取られたのだろう)。
     「侵略行為に移るつもりはまだ無かったけれども、侵略してしまった」、それがインベーダーたちにとっても“イレギュラー”であったことがこれまでにないアイデアで、本質的に、宇宙人と、地球人とのディスコミュニケーションが「埋められない」ことを、この事実は示唆している。

     「地球人の概念」を奪い取っていったその先、宇宙人はどうなるのか。
     もちろん、「地球人」になるのである。
     宇宙人から「地球人としての概念」を奪われていった地球人はどうなるのか、「宇宙人」に近づいていくのである。
     これでは、二者は立場が逆転するばかりで、交流は不可能である。実際、宇宙人・真治に「愛」の概念を奪われた妻の鳴海は、“愛を知った”真治の哀しみ、苦しみが分からない。
     真治に「所有」の概念を奪われた丸尾は、真治に向かって「国家、財産、人種、宗教、そういうの奪ったら戦争もなくなる」と訴える。それが、迫り来る侵略者たちに対抗する手段になるだろうと一同も賛成する。鳴海は、侵略者である真治が、地球人のために協力するはずがない、と反論するが、それに対する真治の答えがこうだ。
     「それが、今はもう、よく分からないんだ」
     「愛」を知った真治は、もうほぼ「地球人」である。だから「侵略者」の意識ではいられない。「愛」を奪うことが、地球人を「かつての自分たち」にしてしまうことになることを知ってしまっている。
     しかし、既に「概念」を奪われた「元地球人」たちは、更に「概念」を奪ってくれることを望んでいるのだ。「宇宙人」に対抗するために、「宇宙人」になろうとしている。その方が、「地球人のため」になるのだとすれば、「侵略されること」は肯定されるべきことなのか。しかしそれでは、地球人がこれまでに産み出してきた「災厄」を、今度は“宇宙人”が引き受けなければならないことになる。
     これではいつまで経ってもどうどうめぐりだ。真治にはそこまで、「真実」が見えてしまっている。真治はパンドラの筺を開けてしまったのだ。もはや真治は“誰の立場にも付けない”。 「愛」を知ったことが、永遠のジレンマの中に真治を置く結果になってしまったのだ。

     「概念」を奪われた人々は、確かにどこか平和である。
     初めこそ涙し混乱しているが、じきに慣れる。「概念を持たなくても生きていける」あるいは「生きていってもよい」と指摘してみせたことは、自閉症やアスペルガー症候群の子どもを持つ親などにとっては、「福音」に聞こえるのではないか。「痴呆」などと一括りで偏見の眼で見られていた彼らは、実は「結構元気」(鳴海の台詞)なのである。
     ドストエフスキー『白痴』のムイシュキン公爵も、白痴と言うよりは発達障碍なのではないかという気がする。彼らを「純粋」とする無条件な礼賛には問題があるが、「概念」に囚われることが我々の思考に枷をはめてしまっている事実についてはもっと再考されてよかろうと思う。
     本当に苦しんでいるのは、「概念を持たざるを得ない」我々の方ではないのか。

     厳密に考えると、「所有」の概念を失っただけで、丸尾がコミュニストになってしまうという論法には無理がある。普通に考えれば、「あの家とこの家と、どれが“私の”家か分からない」ような状態になるだけではないのか。本当に戦争が無くなるかどうかも疑わしい。
     また、どうやらもともと「言葉」自体を持たない宇宙人たちが、「言葉」を知った段階で、いちいち概念を奪わなくてもその知った言葉から概念を作り上げることができないものなのか、とも思う。人間の赤ん坊は、言葉からちゃんと概念を作り上げるが、人間の子どもほどの能力も宇宙人は持っていないのか、それとも宇宙人たちも生まれつきのアスペルガーなのだろうかと疑問に思う。だとしたら、彼らは「侵略」という概念はどこから得たのだろう?
     しかし、それらの疑問点も、全てはラストの「混乱」を演出するための伏線だと考えれば、瑕瑾に過ぎないように思える。

     SFとは、既成概念に対するアンチテーゼを象徴的に描く「手法」である。
     『散歩する侵略者』は、それが最も効果的に発揮された舞台となった。発想の元になったのは、劇中でも示唆されていた通り、テレビドラマ『ウルトラ』シリーズであるが、宇宙人とのディスコミュニケーションを扱ったり、隣人が侵略者かもしれない恐怖を扱ったSF作品は、数限りなくなある。
     Twitterで、本作の発想の元を大友克洋『宇宙パトロール・シゲマ』に求めた人がいたが、あれはそういった侵略SFのパロディであって(手塚治虫『W3』や永井豪『くずれる』の設定をもじっている)、本作に直接的に影響を与えた作品だとは言えない。感想であれ批評であれ、過去作品を挙げるのであれば、元作品をどう換骨奪胎し、差異化を図ったのかを具体的に指摘できるものを例としなければ、知見の狭さを露呈することにしかならない。
     宇宙人が地球人の“姿を借り”、地球人との間の交流と齟齬を描いた作品の「源流」あるいは「代表作」を挙げるのならば、真っ先にハインライン『異星の客』や、ジョン・ウィンダム『呪われた村』(映画化名『光る眼』)や、映画『地球の静止する日』(ロバート・ワイズ監督)などを思い浮かべるのが順当だろう。テレビドラマシリーズなら、往年の『インベーダー』『謎の円盤UFO』、『ミステリーゾーン』のいくつかのエピソードから『Xファイル』に至るまで、枚挙に暇がない。フレドリック・ブラウンは、パロディとして『火星人ゴーホーム』をものにしている。
     この程度の基礎教養的なSFは誰でも読んだり観たりしているものだと思っていたが、どうもそうではないらしい。Twitterで呟いていた御仁は、一応は演劇のプロなのだが、やはり他分野についての教養は疎いのだなと思わざるを得なかった。でも、演劇人なら、安部公房『人間そっくり』を連想したっておかしくないんだけどね。

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    2011/06/15 07:29

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