ト音
劇団5454
赤坂RED/THEATER(東京都)
2019/03/27 (水) ~ 2019/04/07 (日)公演終了
満足度★★★★★
初めて劇団5454の作品を観劇した。
素直に楽しめる、そして感動できる作品だった。高尚な思想と入り組んだ構成を持ち、観る側が知力と体力の限りを尽くして向き合うような作品も嫌いではない。しかしシンプルでありつつも、観客を居ながらにしてちゃんと引っ張っていく魅力と推進力のある作品は、やはり良作と呼ばれるべきで、「ト音」はその意味で紛う方なき良作である。
まず俳優の配置。まさしく「人(にん)に合う」配役で観ていて心地よい。演出家はもちろん、それぞれの役者も自分の「人」をよく心得ているのだろう。良い意味で無理がない。
そしてシンプルと前述したが、しかし練り上げられていることがよく分かる作品でもある。張り巡らされている伏線の数々。その伏線はいくつかの可能性を提示するもので、見巧者と言えども最後まで可能性を一つに絞り切れないようになっている。衝撃的なラストに触れたときに「やっぱりね」ではなく「そっちで来たか!」と唸らされる。作者である春陽氏の筆は並ではない。
さらに、登場するすべての人物のどこかしらに、観客が自分を投影できる余地がある。そしてその余地が、見進めるうちに、観終わった後も、観客の中で増幅し、この観劇体験を得難い一度きりの経験として観客の生涯に刻印する力のある作品だ。だからこそこの作品は再演を重ねてきたのだろう。
嘘がテーマとなっているこの作品だが、僕はこの作品を見て「居場所」ということを思った。それは自分がいつも考えるテーマであるからかもしれないが、自分が自分の居場所をどう見つけるのか、見つけられないときに人はどうなるのか。居場所があることの幸せ、居場所を見つけるための苦闘。その全ての営みがどうしようもなく悲しく、切なく、愛おしい。
春風にまだ冬の名残を感じる午後の赤坂で、こんなにも心を温めてくれた「ト音」という作品をそれを作ったすべてのキャストとスタッフに、最大限の賛辞と感謝を。