きやまが投票した舞台芸術アワード!

2019年度 1-1位と総評
第一部『1961年:夜に昇る太陽』 第二部『1986年:メビウスの輪』 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』

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第一部『1961年:夜に昇る太陽』 第二部『1986年:メビウスの輪』 第三部『2011年:語られたがる言葉たち』

DULL-COLORED POP

 1961年・1986年・2011年という、25年スパンで半世紀に及ぶ、「原子力発電所」と、福島のとある一家の歴史。
 これが、TVのドキュメンタリーとかだったら、多分チャンネル変えている。 顰蹙を承知で言うと、「対岸の火事」として目を背けて来た身には、重すぎる。
 虚構、と言い聞かせているから客観視できるのだ。

 その「ドラマ」は造られたものかもしれないが、実在の人物がモデルとなっているキャラクターによって紡がれる。 語られるのは、実際に誰かの口から語られた言葉たちだ。
 それらが、舞台上の生の俳優によって、再生される。 発せられた感情は、空気を振動させて、観客席まで伝わってくる。 台本に書かれた文字群が、一期一会の瞬間に変わる。
 だって演劇、だから。

 原子力発電所というモノが、何故福島に出来たか、どうして存続しているのか、ちょっとだけ理解出来た気がしました。
 原発についてあまり考えた事のない、よく知らない、という私の様な者にこそ、観て欲しい、観るべき作品だと思います。 ダルカラさんでの再演は当分無いそうですが、戯曲が書籍化される予定なので、観たかったけど行けなかった、興味はある、という方はご一読をお勧めします。 要望があれば上演許可は下りるそうなので、「演りたい!」と思ったらこの作品を広めていくのもアリかもしれません。

 歳をとると「諦める」ことが多くなります。 反対票に一票を投じながらも「どーせ、なんも変わらんし」と、ジャコウネズミさんになって諦める。 己の手に余る“ 力 ”を振るい、決して手放そうとしない人類なんて、この星もろともほ~ろほ~ろ滅びれば~?と、超上から目線で諦める。
 この福島三部作も、当初は観劇を諦めてました。 でも、幸運(18切符が使えるじゃん!)に幸運(楽日はコンパクトなスケジュール!)が重なって(一年に一度くらい夕メシに休暇を貰っても・・・)なんとか行けることになりました。
 ・・・諦めなくて良かった~~~。 この三部作を今年観れたことこそが、一番の幸運じゃが。 そう思える作品でした。

 人間は、生きて死ぬ。 笑い、泣き、喜び、怒り、悲しむ。 未来を夢見、過去を忘れ、時に嘘を吐き、時に道を間違う。
 世界征服を目論む悪魔は出てこないし、正義の変身ヒーローも出てこない。
 谷さんの作るお話はとても優しい。
 そしてつくづく思う。「この人は人間という種を、諦めてはいない」


追記:
 観劇翌日、「チェルノブイリが観光地化」なんてネットニュースが。 第一部の台本の、削除された台詞が、不気味な現実味を帯びてくる。
 42年後、福島はどうなっているのか、私には解らない。 第2の原爆ドームを、人々が見上げているのだろうか。 その時、原発そのものが“ 過去の遺物 ”だとしたら、それはそれで・・・・。

総評

 土日が普通勤務というバイトに就いたせいもあって、観る公演を随分絞らざるを得なくなっていますが、今年は粒ぞろいでした。

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