浅野の観てきた!クチコミ一覧

1-1件 / 1件中
百年の秘密

百年の秘密

ナイロン100℃

J:COM北九州芸術劇場 大ホール(福岡県)

2012/06/02 (土) ~ 2012/06/03 (日)公演終了

満足度★★★★

百年の沈黙
 ある一族と、その歴史を見つめ続ける楡の木の物語。
 人は皆、誰にも言えない、あるいは言わずにいられない秘密(罪)を抱えて生きる。その秘密は自分の欲ゆえのものだが、欲や秘密や罪の重さに潰れそうな時、人びとは楡の木に心中の闇を見る。 
 子をひたすら甘やかして満足した有名な木もあるが、むかし、一族の子をオオカミから救ったという伝説の残るこの木は、しかし何も与えない。ただ、愚かな人間たちを見つめ続ける。人々は、誰にも言えない秘密を木に明かし、木に隠す。まるで告解のようである。主役二人の女は、ある秘密を抱えて死ぬが、それを明かすかどうかは、実は木に委ねて(丸投げ)いる。誰も、本当の意味で秘密(罪)を自分一人で抱えては死ねないのだろう。
 主役二人の安定感は抜群。また「我が闇」で戦慄した映像演出も、今回は更に時を行き来する過程で、また木の神性表現するのに、それぞれ効果的に使われている。
 静かにひっそりと一族に寄り添う闇に、畏れ慄く作品である。いつまでも余韻の残る作品である。
 ただ、娘に冷たい父や、女好きの弁護士など、背景の見えないキャラクタもいて、手放しに「良かった」とも言えない。

ネタバレBOX

 なぜ、ティルダの父がティルダを愛しきれないのかわからない。自慢の息子はすでに居たから「息子が欲しかったのに」という落胆は当てはまらない。理由が明かされず、匂わすこともない。
 なぜ、ティルダが弁護士ブラックウッドと結婚したのかもわからない。序盤のやり取りでそれとなく匂わせているだけである。あの12歳のティルダはすでに、ブラックウッドに対して強烈な母性を発揮している。主役の女二人を緻密に描くために、脇役(男たち)をあえてぼんやり描いたのだろうか。最後まで理解できなかった。
 はしかのように女遊びを繰り返すブラックウッドは、コニーにも手を出す。あれもコニーの心情が理解できなかったが、今思い返すと「なぜティルダが、あのどうしようもないブラックウッドと夫婦をやっているのか」を理解しようとしたのだろう、と思いあたった。男同士なら「友情物語」になるが、女同士だと「共犯物語」になるのだろう。「手紙を届けない」というささやかな罪を犯した二人は、ささやかだが忘れることもできない罪によって結ばれた「共犯者」なのである。ケラ氏はそれを描いた。
 主題は若干違うが、遠藤周作の『沈黙』を思い出す舞台だった。踏絵は、その行為自体が神への裏切りではない。自分の本当の信念は、「シンボルを踏む」という行為そのもので否定されるものではないからだ。
 楡の木は救いを与えない。ただ沈黙している。その沈黙を自分への責めと採るか、肯定と採るかは、実は自分次第だ。ティルダとコニーは、手紙を渡さない行為に「カレルの催眠を解く」という大義名分を与えたが、実際はただの嫉妬心だった事に、ずっと気づかないフリをしてきた。あれこそが、彼女たちの本当の秘密ではあるまいか。その行為に当然ながら「信念」はなく、自らを責めながら罪を犯したその場所で死ぬのは、必然に思える。しかも自分に思いを寄せていたチャドを利用しての死である。どうせ死ぬなら、罪を一つ増やしても構わない。女とはかくも恐ろしい。
 「カレルの催眠を解くことになるかもしれないわ」。罪を犯した瞬間、秘密を持った瞬間、そして彼女たちの人生を決定づけた瞬間で終わる物語は、暗転とともに観客の心に言いようもない虚しさを残して、いつまでもいつまでも捕えて離さない。

このページのQRコードです。

拡大