団体
上海太郎カンパニー
シャンハイタロウカンパニー
(兵庫県)
所在地 | 〒6638114 兵庫県西宮市上甲子園5-6-4 株式会社丸忠 内 |
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カテゴリ | 演劇 |
公式サイトURL | http://www.shang-pagnie.com/ |
設立 | 2009年 |
受賞歴 | |
メンバー | 上海太郎、室町瞳、松井康人 |
活動紹介 | 2005年以降 ソロ活動に専念していた上海太郎が 旧劇団メンバーに新顔を合わせ 再び大人数による 身体表現グループを結成した。 この舞台で役者たちは 基本的に台詞を喋らない 舞台で奏でられるのは すべてダンス、マイム、無言劇 役者の肉体によって 舞台上にストーリーが出現する 世界にも類を見ないパフォーマンス 上海太郎プロフィール: 1977年京都大学入学時より学内劇団そとばこまちで活躍。役者、振付はもとより、大学6年時に初演出した「オズの魔法使い」で小劇場ミュージカルの分野を切り開き、その後「アイスドールを追え」で作家デヴュー、2作目「メモリアル・トライアングル」で新境地を開拓、翌’88年「五線譜の上の国」の演出を最後に劇団絶頂期、座長の座をかなぐり捨てて退団。 中国、インド、ネパールを放浪後、ニューヨークはブロードウェイにてオン・オフの劇場をつぶさに視察、人種のるつぼと呼ばれる町で「アジアの、そして日本の舞台人として何をなすべきか?」を考える。 ’89年、台詞を用いずマイムやダンスなどの身体表現のみでドラマを作る集団「上海太郎舞踏公司(ぶとうこうし)」を旗揚げ。言語の壁を乗り越え全世界をターゲットとする旅公演劇団を目指す。中でも12億の民を持つ中国を意識した劇団名をつけたとたん天安門事件が勃発、ターゲットをヨーロッパに変更。同年末旗揚げ公演「破鏡重円」、翌’90年「ダーウィンのみた悪夢」を発表。’91年「ダーウィンの…」をもってエジンバラフェスティバルに参加、「心の琴線に触れるダンスマイム」と絶賛を浴びる。’92年ロンドンはブリッジレインシアターで「ダーウィンの…」を2週間公演、また香港フェスで上海のソロマイム「SEX」を、国内では「非ユークリッド恋愛学」を発表。 ’93年には「ダーウィンの…」がロンドンヴィジュアルシアターフェスとアイルランドのダブリンフェスに招待参加。国内の公演以上に海外でのスタンディング・オーベーションの嵐に有頂天になりつつ、経済的に破綻。 それにもめげず、「Dance」「Body」「マックスウェルの悪魔」「俳優修行」「パラドックス」と新作を次々に発表。また、’97年には関西の魅力ある若手ダンサーを結集して名場面集「ジャックは箱の中~ダンスに落ちがあってもいいじゃないか~」を上演、その合間をぬってソロマイム「A fool on the hill」「Sentimental Journey」「Eros」「Bad Trip」を発表。21世紀になり創作がめっきり減ったものの、’99年の「Rhythm」や’05年の「Scale」などの集団劇、そして’03年の「Avant-garde」、’06年の「指名手配」などのソロマイムを製作している。 また、上海太郎舞踏公司には珍しく、ベートーヴェンという実在した人物をモチーフにした芝居「Rhythm」の中で「運命」の第1楽章に合わせて歌った「朝ごはん」が話題を呼び、製作したミニアルバムCD「聴くな。」がユニヴァーサル・ミュージックから発売され、クラシック界では未曾有の2万枚を売り上げる事件となった。 ’09年、劇団名を上海太郎カンパニーと改め、アイホールにて「Rhythm」を上演し、華麗に再出発、’10年「不思議の国のアリス」、’11年「阿呆」。2年間の充電を経て、’14年5月には上海太郎カンパニーの稽古場でもある「STUDIO CHEW」にて7年ぶりのソロマイム 「ばっどとりっぷ」を12月には「avante-garde」を上演。 |
問い合わせ先 | info@shang-pagnie.com |