公演情報
「ゲルニカ」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★★
スペイン内戦時のゲルニカ無差別爆撃を描いた画家パブロ・ピカソの「ゲルニカ」から描かれた世界。身分社会、内戦の背景や劇中には登場しない難民の描写にも引き込まれていきます。
時代は生まれる前のことですが、平和に暮らしている私たちには、今でもどこかで起こっている悲劇をどう感じるのか、です。
満足度★★★★
共和国軍=正義、ファシスト軍=悪という単純な善悪では割り切れないスペイン内戦の闇をしっかり見据えていた。とくに、共和国軍、人民戦線派にも偏狭なセクト主義や、残虐な殺戮行為があったことには驚いた。そのままだと、ゲルニカ爆撃は、愚かな人間を罰する「神の火」になりかねない。際どい作劇だったと思う。スペイン内戦について教えられるところが多かった。
日本には馴染みのない、当時の複雑な対立関係を割り引くことなく舞台にした、劇作家と演出家の努力に感嘆しました。領主の娘サラ(上白石萌歌)が目覚めていく主筋に、バスク独立勢力の決起、教会・ファシスト側の陰謀をからませています。外国人ジャーナリストの二人連れ(勝地涼、早霧せいな)に、証言者の役割を担わせ、さらに、サラの出会う若者(中山優馬)に、重い秘密を背負わせている。重層的な芝居でした。それらの美談も醜聞も、善も悪もすべてをたたきつぶす爆撃場面は、抽象的ながらも、イメージ喚起力が強く、圧倒されました。
ただ、パルコ劇場の間口が大きすぎて、芝居のサイズとはミスマッチだったかな。
満足度★★★
鑑賞日2020/09/21 (月) 13:30
壮大で悲惨な物語だが、一種の普遍性を感じる部分もある。
ゲルニカは、ピカソの絵でも有名となったスペインのバスク地方の都市で、スペイン内戦の際に無差別爆撃を受けた町である。そのゲルニカの領主の娘としてなに不自由なく育ったサラ(上白石萌歌)の婚礼の日、スペインの内戦が起こり、婚礼は延期され、婚約者は戦いに参加してしまう。一方で、戦場ジャーナリストのクリフ(勝地涼)とレイチェル(早霧せいな)は、スペイン内戦を報道するために、バスクに赴く。そうした軸になる人々や、ゲルニカに住む人々の様々な行動を、群像劇として長田育恵が壮大な物語を綴った。歴史的事実として空爆されたことを知ってる我々は、結末がそうなるのか、を気にして観るしかない2時間50分(休憩20分込み)。緊張感は維持され、歌を交えることで起伏もあるのだが、何となく一本調子に見えてしまうことも事実だ。現代の日本と重ねて見ることはできないが、長田が現代と一定程度繋げようとしていることは理解できる。その意味では秀作と言える。
少しだけ気になったのは、バスク語を話すであろう人々がビルバオと呼んでいること。バスク語ではビルボと発音されるのだが、劇作上の都合で分かりやすい発音を選んだということだろうか。
なお、初めて観たのが小劇場という俳優たち、石村(ザ・スズナリ)・玉置(王子小劇場)・後藤(サンモールスタジオ)がPARCOの舞台に立つのを観るというのは、ある種の感慨がある。
満足度★★
作品なのでフィクション性が含まれて当然なのだが、史実っぽく描いている割に、当時の世界観への違和感が余りにも強かったり、それ故か、登場人物の生き様や行動にリアリティが感じられなかったり、とにかく脚本への疑問が先行してしまった。
西洋の歴史を、日本人がオリジナル脚本して、日本人が演じて、日本人が鑑賞することの難しさを改めて感じる。(この手の作品で、納得できるストーリーには出会えた試しがない。)
上白石さんは、何度か噛んでいたり、役柄に入り込めていない様子が見て取れたが、これからの成長に期待。
満足度★★★★★
「ゲルニカ」について知らなさすぎたまま見てしまいました。私が彼、彼女の立場だったらどうしただろうと思いながら見ていたらヒリヒリしました。
新しくなったPARCO劇場に行ってみたいというのも今回の観劇の理由の一つですが、古いほうをよく覚えていないのでした。表の入り口やロビーは確かに広く綺麗になった気はしましたが、劇場自体の印象はそう変わらないような・・・。知人が「パルコ劇場のキャットウォークは怖いから嫌い」と言っていましたが、改善されたでしょうか。
満足度★★★★★
リニューアル前も足を踏み入れた事のないPARCO劇場を見たさに、とはこじつけで、専ら長田女史のこの題材は必見と大枚はたいて観劇した。
序盤にも関わらず俳優の台詞に宿る感情、というか、それらで構成される場面が細密で、栗山演出の力量だな、と感じ入る。
盆を使った装置転換と照明を使った心理的な場面転換、殆ど前面に出ないが深層に響くような音楽、俳優はその上に配されている印象だ。
氏がよく使う象徴的な大型装置は、今回バトンで吊られる赤い布。近い質感の、古紙を模したような大型パネルも転換時に舞台上に躍動する。肌合いはバスクの村の家々の土壁にも通じていそう。冒頭舞台奥に横一列並んだ俳優たちのシルエットに浮かんだ衣裳からして濃厚に「異国」が香り、かの地での物語が始まる。
布はある場面で意外な使途で登場し、ここでも栗山演出の存在感を見せるが、私の中では他ならぬ「スペイン」を意識させる音楽に琴線を弾かれた。
やがて来る無差別爆撃までの村の時間は、長崎の原爆投下までの「無辜の人々の日常」を描いた『明日』とは異なり、ゲルニカの村もスペイン内戦を闘う当事者である(戦争当時の日本人を全くの無辜と言い切れるかは議論がありそうだが)。とは言っても、「その瞬間」の到来を予め知っている観客(ほぼそうだろう)が見ているのは、内戦中でも確かにあった人々の日々の営みである。上白石演じる主人公=平等社会の理想に開眼した領主の娘は、男らが戦闘に身を投じていくのと対照的に、生きる日々の選択に真剣である。
脚本には長田女史の劇作家の円熟が随所に光る。創作としては爆撃の日までの道程に盛り込んだゲルニカ領主(今は亡き元領主の未亡人)のエピソードが効いている。ゲルニカの良心たらんとする領主の選択と変節の場面(詳述せず)。
冒頭の横一列の村人の姿は冒頭含め3度見られるが、正面に向かい前進しながら歌う歌は、ジプシーが育んだフラメンコを彷彿させる節である。拍子は鼓動、絞り出す声は心臓の吼え声。生きる事が常にレジスタンスであった民族の歌は惨劇にまみれた人類史を「生きる」我々を鼓舞する。俳優諸氏の歌唱の流儀は異なったが「地」の声が聞こえ、私はこのラフ感が気に入った。
ピンポイントで登場した映像も大きな効果を上げていた。
(語り足りぬ諸々はまたいずれ。)
満足度★★★★
9月の4本目。
今回も演劇らしい演劇、しかも硬派の反戦劇である。
歴史上初めて無差別爆撃の行われたスペインのバスク地方の中心地ゲルニカを舞台とし、爆撃までの9か月ほどを描く群像劇である。
革命により没落した貴族の娘が主人公というだけで沢山のドラマが作れそうだがそこに共和国軍と反乱軍の戦争が加わってくるのである。バラエティに富んだ人物が生み出されていると思う反面、作りすぎてわざとらしく感じるところもあった。
娘役の上白石萌歌さんは堅実な演技で紛れもなき主役だった。特に、他人に頼ってばかりの娘から自立した大人へと豹変するところはすっかり引き込まれた。もっともそれは母親役のキムラ緑子さんの憎たらしい演技があって初めて成り立つものだ。おそらく私を含めた観客全員が彼女から鞭を取り上げてひっぱたいてやりたくなったことだろう(笑)。外国特派員役の勝地涼さんは落ち着いた演技で私の一押し。これで重みが着けばとは思うものの「ハケンの品格」での軽目の演技が今の売り物なのだよね。
全員での歌が2度あるが練習していないんじゃないのレベルで星2つ。歌ではないが最後に全員でメッセージを発するところはバラバラで何を言っているのか分からない。ここが数少ないがっかりポイント。
70分+20分休憩+80分。