秋の螢 公演情報 秋の螢」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    鄭義信さんの台詞
    “第一線で活躍する俳優・スタッフが岐阜県可児市に滞在しながら作品を制作、
    可児市から全国に発信する質の高い作品を目指す“というプロジェクトの6作目。
    最近毎月どこかしらでその作品がかかっているような鄭義信氏の作品。
    彼の生みだす人々はどうしてこんなに弱くてさびしがり屋で温かいのだろう。
    メリハリの効いた演出と充実の役者陣によって、生き生きとした人物像が立ち上がる。
    その結末に、何だかほっとして涙が止まらない。

    ネタバレBOX

    タモツ(細見大輔)と修平(渡辺哲)は細々と貸しボート屋をして暮らしている。
    タモツの父文平は21年前、兄の修平に幼い息子を預けて若い女と駆け落ちした。
    穏やかな生活を乱したのは、失業して終日ボートに乗っていたサトシ(福本伸一)、
    さらに周平を頼って突然やって来たお腹の大きいマスミ(小林綾子)。
    そして以前からタモツにだけ見える死んだ父文平の幽霊(栗野史浩)が時折やって来る。
    「戻ってくる」という父の言葉を信じて待ったのに裏切られたタモツは
    「これからは家族だ、嘘はつかない」という周平の言葉を信じて一緒に暮らしてきた。
    その周平に秘密があって、自分には何も知らされなかったということがショックだった。
    タモツの心は乱れに乱れ、ついに「ここを出ていく」と告げる…。

    舞台をきれいに半分に分け、上手部分はボート小屋外の板敷きになっている。
    冒頭タモツがそこでホースで本物の水を撒き、盥の水をぶちまけたのでびっくりした。
    下手は小屋の内部、今は客に食事を出さなくなって専ら二人のための食堂になっている。
    この二つの空間がうまく区切られていて、小屋の壁と小さな窓を境に
    登場人物の人に見せない内面や、他の人には見えない父の幽霊との会話等が展開する。

    「家族だから嘘はつかない」と言われて必死にそれを信じ
    周平と家族になろうとしてきた幼いタモツの心が健気で哀しい。
    周平が初めて自分の過去を打ち明け、タモツに謝って言う言葉が
    ”家族”というものを明確に定義していて忘れられない。

    「家族だから嘘をつかないというのは、本当は違う。
    嘘をついても隠し事をしても、それを受け入れるのが家族なんだ」

    血のつながりも理由もなく、ただ優しさと許して受け入れる気持ちだけで繋がる人々。
    みなそれぞれ本当の家族となるべき人を失っている。
    その人々が、吹き寄せられたボートのようにこの岸に流れ着いて
    肩を寄せ合って暮らしていくのだというラストにほっとして素直に安心する。

    タモツ役の細見大輔さん、幽霊の父につっけんどんな態度をしながらも
    30歳の誕生日に(幽霊が!)買って来てくれたシュークリームを
    泣きながら食べるところが秀逸。
    傷ついた分、必死に周平を信じてきた純粋な少年が
    どこか幼さをまとった頑なな青年に成長した、その姿がとても自然。

    幽霊の父親文平を演じた栗野史浩さん、白いスーツに身を包み軽快に出て来て
    いつもタモツに「早くあっちの世界に帰れ!」と言われながらも
    息子が気になって仕方ない様が、可笑しくて哀しい。
    終盤、最高にカッコよく「じゃあな」と言って別れたのに
    ラスト、また出て来てタモツに呆れられたのには笑ってしまった。
    栗野さんの華やかな容姿となめらかな台詞、それに派手な衣装で
    厳しい状況にある人々の話が一気に明るくなる。

    この舞台は、厳しい現実とそれを笑い飛ばす人の底力のバランスが素晴らしい。
    鄭義信さんによる、ベタなようで繊細なキャラが吐きだす台詞は
    人の心の本質を突いていて真に迫る。
    うまくいかない人生なら毎日見聞きしている。
    たくさん辛い目に遭って、でも優しい人に出会うこともあって
    人生は悪いことばかりじゃないということを
    こうして舞台で、リアルなキャラクターが豊かな台詞で体現してくれると
    何だかほっとして、私も大丈夫なのだと思えてくるから不思議だなあ。

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