豚小屋 公演情報 豚小屋」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.0
1-2件 / 2件中
  • 初見
    うーん。うーん。期待し過ぎたか、、、

  • 満足度★★★

    パゾリーニの戯曲の舞台化!
    に期待は高まった。
    しかも、川村毅さんの演出だし、手塚とおるさんというクセのある俳優に、伊藤キムさんという踊り手まで加わるというのだから、これはどんなことになるのかとワクワクせざるを得ない。
    のだが…。

    ネタバレBOX

    劇場に入ると、やけに広々した印象の舞台がある。
    正面には大きく白い布が下がり、ここに映像が映し出されていた。
    パゾリーニに持つ印象には、グロテスクさと生々しさがあるのだが(『豚小屋』で言えばカニバリズムと獣姦とモロモロと)、ここではその要素を逆に削いで、クールに虚しくしている。
    衣装もモノトーンが中心。

    パゾリーニの映画『豚小屋』の第2部が物語の軸となっていた。
    すなわち、戦前からの軍需産業としての大企業を継いだ父親(ハンス・ギュンター)とその息子(ユーリアン)。
    さらに、父親とかつて友人だった男(ヘルトヒッツェ)が、互いの負、つまり、ハンス・ギュンターの息子の、人には言えぬ状況と、ヘルトヒッツェの大戦中における悪行の部分を相殺して合併する中での惨劇。
    そして、映画の第1部にあった古代の物語が随所に現れるというもの。

    第2次世界大戦のときへの郷愁のようなものが、ハンス・ギュンターとヘルトヒッツェにはある。
    このあたりは、バリバリのファシストだった父を持ち、本人は戦後、共産党に入ったパゾリーニだからというだけでなく、イタリア人の大戦への想いは複雑、あるいは微妙なものではないだろうか、ドイツのそれとは大きく違うと思う。67年当時のイタリアの感覚でもあろう。
    だから、パゾリーニが舞台に選んだのはドイツだったのだ。

    67年の作だが、すでに資本主義の本質、すなわち、消費を中心にした新たな全体主義、ヒトラーもムッソリーニも力では為し得なかった状況を描いている。
    資本主義の終焉後に来るのは何か?
    ここが、この舞台が2011年にも響くところではないだろうか。

    その現代(67年)の状況を、ハンス・ギュンターとヘルトヒッツェたちに重ね合わせる。
    右手を高く掲げ、ナチス党歌「ホルスト・ヴェッセル」が鳴り響く。

    これは、なかなか面白い。

    しかし、演出はスケベ心を出したと言っていいのではないだろうか。冒頭で舞台スクリーンに、例のACのテレビCMを流すのだ。これには苦笑してしまった。というより苦々しく見たと言ってもいい。
    消費を陰に潜めながらの、ACCMというあたりをも含んで見てくれということなのだろうが、そうはいかない。
    それはもうひとつぐらい山を越さなければ、この舞台と結びつかないのではないだろうか。

    どうも全体的に演出のキレが悪い。
    舞台の広さがいつまでも寒々しいだけでなく(それは意図としても)、このサイズで上演する意味が見いだせなかった。
    ラストにややスペクタクル的な展開が待っているのだが、足元の白布が取り払われことは、誰が見ても最初から明白だったし、新聞がずらっと貼られた幕が下りて、近づいてきても別に感動するわけでもない。
    しかも、新聞がずらりと貼られているのは、前にすでに出ているのだろから、ここは違うことで少しは驚かせてほしかったところだ。

    さらに第2部に盛り込んだ第1部らしきシーンの数々がどうも消化不良。
    意味ありげなのだか、意味ありげのままという印象。
    伊藤キムさんのキレのいい振りを生かしきれていないというか。
    天使もなんかいいんだけどなあ(「天使が通る」ってことでもないようだけど)。

    役者はさすがにうまい。見せたし聞かせた。手塚とおるさんの目の光(実際に見えたわけではないのだが「気配」とでもいうか)が妖しい。
    ただし、これは極々個人的なことなのだが、ヘルトヒッツェ役の笠木誠さんはどうも好きになれない。台詞頭で、独特の一拍詰まるようなしゃべり方が鼻につくのだ。前見た『わが友ヒットラー』でも気になってしょうがなかった。相性が悪いということなのだろうが。

    この舞台、空席が目立った。
    よくよく考えると、今や名画座が壊滅状態にある中で、パゾリーニをスクリーンで観る機会はほとんどないし、よほどの映画マニアでもないとピンとこないだろうから、「パゾリーニだ!」なんて思う観客はいないわけで、そういう意味では、パゾリーニの戯曲をやるということが魅力的と思う層はある年齢以上だろう。
    つまり、今回の舞台のウリのひとつは、幻だったのだ(ある世代より下、つまりほとんどの観客にとって・笑)。そこは誤算だったように思う。

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