パラドックス定数第45項 「Das Orchester」 公演情報 「パラドックス定数第45項 「Das Orchester」」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 4.5
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  • 満足度★★★★★

    前回講演に続いて、野木脚本を。松本さん他、見慣れた役者さんがとてもビビッドに活躍されていました。とてもよかったです!

  • 満足度★★★★

    パラドックス定数『Das Orchester』 - すきなものあれこれ・・・。
    https://blogs.yahoo.co.jp/suwansong2014/37309843.html … #ブログ #日記

  • 満足度★★★★

    上演履歴に見当たらず、企画の〆は新作?と乗り気でいたらもっと若気の作品という。それはそれで興味が湧く。
    パンフjに「参考図書」としてフルトヴェングラー関連書の題名が見えた。二十世紀(前半)の最も著名な指揮者とだけ耳にしていたが、ナチスとのエピソードがあったと観ながら思い出した。史実が題材でもドラマ進行のポイントとなっているエピソードが史実をなぞっているかは不明。指揮者の名も呼ばれず、宣伝相とあってゲッペルスと書かれていないので相当程度フィクションが混じるとも窺えるが、楽団へのナチスの真綿で締めるような介入がうまく描けている。実際に宣伝相本人までが出張って言葉を交わしたかは疑わしいが。
    オーケストラを描くのに演奏場面を出すかどうかは判断の分れ目になりそうだが、演奏どころか楽器を取り出す事もない(チェロなどは布でくるんだ中身は間違いなくフェイク)この舞台には違和感も不足感も覚えず、音楽と芸術について真正面から語った作品になっていた。
    冒頭、袖で演奏を聴く指揮者の秘書、少し離れて鉤十字の腕章が見える制服姿。流れる演奏は古い音質からして恐らくフルトヴェングラー指揮の実際の音源で(クリアな音より余程いい)、緊張感が漂う。芸術を権力に利用し統制下に置こうとする力と、それに抗う音楽家(たち)、という単純図式でない配置もうまい。
    戯曲中の出色は、良心的な存在として登場するチェリストに作者は「私は演奏が出来さえすればいい」と言わせる。だが彼の態度に「演奏すること」が即ち自分の良心に従う事である、という哲学が立ち上っている。これまで観た野木作品の中で、この最も若い時代の作品が最も老成し深みを感じさせた。

    高名な指揮者が率いる楽団ながら、三分の一のユダヤ人演奏家が在籍するという状況が徐々に、やがてはっきりと桎梏となっていく。ある演奏会の開演間際にナチスが旗の掲揚を要求し、飲まざるを得なかった事に始まり、「敗北」を喫していく暗鬱の中、「私たちは演奏をしよう」と誰かが言う。この取り立てて何の飾りもない台詞に、虚を突かれた客は多かったろう。芸術を志す者たちへの敬意と静かな声援がひたひたと会場を浸すような感覚が作られた。「演奏をする」とは何か・・音楽家にとっての日常だろうか、それとも特別な何かであり、特別を担う者が芸術家であるのか・・。いずれにせよ「演奏をする」ただそれだけが希望であるような瞬間を作り得たことが、この作品の価値だ。

    (劇団websiteによれば)初期作品の中には女性が登場する戯曲もまだあったが、やがて男一色の作品ばかりになったようである。本作は紅一点だが(演奏家に女性性を感じる部分もあってか一人という感じもしなかったが)、ドラマに丸みと膨らみを与えていた。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2019/03/30 (土) 18:00

    座席1階1列

    政治と芸術
    舞台はドイツだけど日本でもこんな話はたくさんあったんだろうなぁと思った
    マエストロの矜持を感じた

    この劇団で女優さんが出演しているのは初めて見たような気がします
    新鮮でした

    ネタバレBOX





    [memo]
    ナチスによる楽団の国営化、ユダヤ人の解雇を迫る
  • 緊張感と静かな迫力に満ちた舞台に圧倒されました。

  • 満足度★★★★★

    いま大注目の野木萌葱作品7本連続公演の最終回。学生時代に書いた本を改訂したそうだが、そんな未熟さは感じられない。いつの間にか2時間たっていた。緊迫感がずっと途切れない、無駄のない芝居だった。

    名前は出てこないが、フルトヴェングラーが、ナチスによるユダヤ人排斥と音楽の国家管理に闘う物語。
    フルトヴェングラーというと、ナチス協力を指弾されたことしか知らなかったので、こんなことがあったのかと思うと、事実であった。1933年1月のナチス政権獲得から2ヶ月間ほどの出来事。ナチの将校が「あなたほど、矛盾した人物はいない」というように、その後、ナチ体制の中で生き延びていくフルヴェンの協力と抵抗の綱渡りはきわめて複雑である。

    見ながら、昨年の私の個人的ベスト1「シング・ア・ソング」(古川健・作、日澤雄介・演出、戸田恵子主演)との共通点がいくつもあることを発見した。こちらは淡谷のり子をモチーフにした、軍の命令に精一杯の抵抗をする歌手の話である。対立軸が似ているのと、音楽好きの憲兵という、敵の中の隠れた味方が、物語の鍵になっているところなど。作劇の発想に共通するものがあるのだろう。

    ネタバレBOX

    些細なことですが、フルトヴェングラーは長身やせ型という覚えがあるものだから、すこし太り気味の俳優が演じているのは気になった。だから悪いというわけではありません。
  • 満足度★★★★★

    心が震えた。ベルリンフィルの常任指揮者のフルトヴェングラー (固有名詞は出てこない)が楽団員の三分の一を占めるユダヤ人の解雇とベルリンフィルの国有化を迫るナチスとたたかう物語だ。歴史上の人物の実話をモチーフにしながら、退屈な伝記物語にせず、緊迫感のある群像劇に仕上げていた。

    ネタバレBOX

    優秀で勇敢なユダヤ人の女性秘書官が叫ぶ。「音楽を守るために音楽を‥‥闘え」。「音楽で闘え」ではなく、「音楽を闘え」であることに注目した。音楽は純粋に音楽そのものとして存在する。国家に傅くものでもなければ国家と闘うための道具や手段でもない、と読み取ったのだが、いかが?
  • 満足度★★★★

    鑑賞日2019/03/28 (木)

    重厚な作品でずしりと「運命と音楽」を考えました。しかし、22年前に書かれたという…いやぁすごいですね。

  • 満足度★★★★★

    重厚な内容に身が引き締まりました。

    ネタバレBOX

    ナチスによる影響を避けようとするオーケストラを、少しずつ取り崩し支配下に収めていくナチスの話。

    野木萌葱さんが学生の時に書いた作品とのこと、才能に驚かされます。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    20代で書いた台本に圧倒されました。
    このセリフ量をおぼえこむ役者さん達の記憶力は改めて凄いと思う。
    二回観て深さを楽しむ、
    まりしない観劇法なんだが、先に台本読んで観たほうが
    より楽しめる舞台。難をいえば、照明とか音とか役者の動きとかっていう
    生芝居じゃないと楽しめない
    演出の部分が本に追いついてないのかも。

  • 満足度★★★★★

    ああ、面白かった。興奮、感動で持病の心臓がちょっとヤバい。最近、私の好みとは大きく離れたものが続いて、演劇を観る気力を失いかけたがこれであと半年は続けるだけのエネルギーをもらった気分だ。

    いつもなら歴史的事実との符合を調べている時間だが、それはどうでも良い、全部嘘でも良い、はるか昔の遠い銀河系の話でも良いと思えるくらい力のあるストーリーだった。絶対のお勧め。

  • 満足度★★★★★

    実在の人物のエピソードから自由にインスピレーションを働かせて独自の物語を展開するこの作家の台本は興味深くおもしろい。台本を買ってじっくり読んでみようと思わせてくれる作家はこの人だけだ。固有名詞がいっさい出てこず、あくまで史実と無関係なフィクションというスタンスなのは理解しているが、フルトヴェングラーの風貌がまるでアインシュタインなのは少し笑った。宣伝大臣の演技は出色。圧政の権力の象徴で、しのび寄るように背筋が寒くなる恐怖感をかきたてられる。

  • 満足度★★★★

    ナチ政権発足時のベルリンフィル国有化が素材になっている。この作者が名を挙げた「三億円事件」や「東京裁判」も歴史的大事件を背景にしたものだが、いずれもこの大事件に巻き込まれたごく普通の職業人を登場させていて、彼らの視点が社会と人間へのユニークな切り口を見せて成功した。だが、今回の作品は(そしてほかの多くの作品にも共通することだが)、ドラマの軸になるオケの指揮者(芸術家)とナチの宣伝相(権力者)が主役となって自らの主張を表明する。ユダヤ人のV奏者や、指揮者秘書、間に入るオケの事務局長なども登場するが、本人たちが直接対決するし、彼らに生活の空気がほとんどない。結局はナチ(権力)に抵抗しても、芸術家は押し切られる、という政治事件の経緯を見せられただけになってしまった。
    それはそれで面白いし、大きな権威(たとえば国家)の力が市民生活へも迫ってくる昨今の状況の中で意味のないことではないとは思うが、それならば、翻って、この作者が突然、新国立劇場に免罪符のように起用されている現実はどう考えているのだろう。
    新国立劇場が、設立当初から国家権力と反権力の基盤を持つ日本の現代演劇の対立の構図を引きずってきたのは、いささかでも演劇に関心のある人ならだれでも知っていることで、十年もたたない昔にも権力が芸術を支配しようとした芸術監督事件が起きた。
    多くの現代演劇のリーダーたちは、慎重に距離を置き、警戒を怠らない。現に新国立劇場支配を試みた文部官僚が天下ったトヨタ財団が新国立劇場の有力サポーターである。
    この一年の風姿花伝の試みは、ユニークで意味のある試みであったとは思う。一人の人間が演劇人生であふれるような創造力に恵まれるのはそんなに長い時期ではない。野田、ケラ、三谷、平田、みな最盛期には年に5本を超える創作劇を発表して多くの若い観客を集め、廣く文化界でも注目を浴びた。その時期に劇場がなくて発表できない、と言う事は演劇にとっては致命的である。それを劇場として補佐しようというのは新しい視点だ。しかし、上に上げた彼らは、ほとんど独力で、そこを乗り切って自分の演劇の地盤を固めたのだ。
    今回の連続公演はパラドックス定数にはかなり荷が重かったのではないだろうか。後半は再演の内容の絞りが甘くなって、かなりくたびれていた。これで野木萌葱という作者の資質もかなり明らかになった。私が見たのは、ここ以外では、上野の地下、711などで、小さなスペースでの上演では面白く見られるが、百席以上の劇場になるとどうだろう。俳優で埋められる、という問題ではなさそうな気がする。
    しかし、この作者の常識の盲点を突いたような論理の「突っ込み」はなかなか面白い。時に馬まで出してしまう大胆さも(魚を出すのは失敗したが)得難い才能だ。乱作にならないよう、旧作は少し大きな劇場で演出を預けて(和田憲明・演出はさすがに劇団公演とは大きく違っていた)作品の魅力を広げることも大事だろうと思う。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2019/03/19 (火) 19:30

     ナチスドイツ下でのオーケストラの葛藤を描く。重くタイトな劇作はパラドックス定数らしい作品だが、野木が劇団を作る前の作品の再演だとのこと。緊張感に溢れる125分だが、ちょっと長く感じてしまうのは已むを得ないか。

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