ミュージカル『はだしのゲン』 公演情報 ミュージカル『はだしのゲン』」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.5
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  • 満足度★★★★★

    あれだけ有名な漫画を舞台にしてどうなるのかと、全く期待しないでいったが、予想を裏切る素晴らしい舞台だった。父との麦踏みの場面、病弱な母に食べさせる鯉をつかまえる場面など、コロス(黒子)たちが麦(!)や鯉を演じる破格の見立てを使うが、これがこの舞台の、肝である被爆の場面で生きてくる。最低限の装置でシンボリックに描くことで、観客の「想像力」でリアルな被爆シーンを立ち上げるのである。
     その後も、随所でそうしたシンボリックでありながら、リアルさを感じさせる演出がさえている。

     しかも本当に無駄がなくてテンポがいい。休憩なし1時間55分で戦前の幸せな暮らしから、被爆シーン、戦後の焼け跡から、母の出産と悲しい分かれ、新しい出発までを、見せる。ほかにも、被爆して自暴自棄になったが学生を立ち直らせる場面や、朝鮮人差別(加害者としての日本人の側面)の問題まで描いている。飛ばしたなー、という感じは全然なく、それぞれのシーンがたっぷりとした見ごたえ、歌の聞きごたえがあるから、大したものである。

     ゲン役のいまむら小穂(民芸)が、気合の刈り上げヘアで、実年齢を20歳以上若返らせる子ども役を見事に演じていた。舞台の成功の柱は彼女の元気なゲンに追うところ大きい。またゲンの弟と、新しい弟の二人の女優もやはりよかった。同じ女優の一人二役かと最初思うくらい、実際似ていて、びっくりした。
    父母を演じた俳優座の加藤頼と有馬理恵のコンビもはまり役で、新しい持ち役になるものと思う。

    著名な辛口劇評家も、終演後「本当によかったよ」としみじみ言っていた。友人も「心洗われる舞台」と言っていた。

    ネタバレBOX

    ゲンの父を「戦争に反対している非国民」と隣近所の人が批判するが、こんな戦争末期に反戦運動などするわけないし、何をもって「戦争に反対」というのか、少し首をかしげた。竹やり訓練や、空襲消火訓練に出てこない、日本はまけると話しているというくらいである。「戦争に反対」と、当時みなしただろうか? 少し現代の視点から意味を盛り込み過ぎでは? 「敗戦主義者」とか「非協力的」というくらいではないだろうか。
  • 満足度★★★★

    小型ミュージカルが取るある様式にはめ込まれた舞台、最初は不自由に感じる。ある意味これは異化効果だらけの舞台ではないか・・・と。巨大な史実を前に「必死さ」の向けどころを俳優は探しているようでもあり、身体がリズミカルに元気に動くので窮乏感も疲弊感も出ない、とか。シンセで作ったいささか安っぽい音の音楽も含めて、役者の演技もリアリズムからは遠い「形」(悲しみや怒りは表現されるが表象・記号として作っているように見える)。画素数が高いのがリアリズム追及の方向だとすれば、これは思い切り低く設定したデザインという感じ。歌は真摯に歌われるが先述したようにシンセ音が「なんちゃって感」を出してるし。
    だが仮そめの作り物だと割り切った形式の中に、胸をつくような印象的な場面が挟まれ、そこがえらく映像記憶に残る。
    「はだしのゲン」の印象的な場面がなぞられていたが、ゲンの死んだ弟信二そっくりの隆太との場面など、漫画のニュアンスがうまく出ている。最も印象に残るエピソードの一つが、お金につられてゲンらが連れられた屋敷の一室に寝起きする蛆の湧いた体をもてあます元画家志望の男がゲンらに会って絶望の中にも元気を取り戻す話。そこで手にしたお金を持って急ぎ病気の妹にミルクを買って帰るのだが、被爆直後の惨状の中で唯一ゲンの心を温くした新たな命は今しがた奪われていた。原作にあったか記憶にないが、戦後「勝者」側となった朝鮮人である親切だった隣の朴さんと、日本兵となった朝鮮人が町で出会い、朝鮮民謡風の望郷の歌を切々と歌う。これらの場面は少なからず揺さぶるものがあった。

    装置は場面ごとの持ち込みで、床は緩い傾斜で矢板を僅かな隙間を置いて縦に敷き、下からの照明を効果的に使っていた。

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