山山 公演情報 山山」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★★

    前作『忘れる日本人』と同じように松原俊太郎さんの戯曲が素晴らしい。
    唖然とするほど膨大な台詞から選び取り、「山山」(あるいは「山と山」)、鬼に、その想いを込めていく地点の演出と役者の上手さ。
    登っても登っても滑り落ちていく私たち。
    一瞬笑ったとしても、日本の現状が見え戦慄する。

    前作『忘れる日本人』から顕著なのだが、戯曲をカットアップしているようで、きちんと耳に届く言葉があり、ストーリーさえも見えてくるようだ。
    2回続けて松原俊太郎の戯曲を選んだのには、そこに理由があるようにさえ思えてくる(今回『忘れる日本人』も併せて上演)。

  • 満足度★★★

    リフレインが良い意味でも悪い意味でも有効的に機能してた。

  • 満足度★★★★

    「悪霊」以降観てきたKAAT×地点、今回は昨年の「忘れる日本人」に続き松原俊太郎作の新作<戯曲>。忘れる日本人とは皮肉の効いたタイトルだが今回の「山山」とは・・。最初に耳に入ってきたそれは「何々したいのは山々だが」の山山。そして普通にmountainの意も。地点のレパでもあるイェリネク戯曲に似て人物一人のモノローグもしくは自問自答の<戯曲>、ギリシャ戯曲の壮大なモノローグとも異なるこれは後世の文学史の教科書にどう紹介されるのだろう。。松原氏による前作と今作の(テキストそのままの)舞台化を果して地点メソッドなくして可能だったのか、などと素朴に思ってしまう。
    しかし今作も刺激的であった。
    アゴラ演出家コンクールで平田オリザが地点を「既視感あり」とディスっていたが、師匠の一言で色褪せるような見かけ倒しコケ威しの代物では最早ないように思える。この面白さは何なのか・・地点語(と以前も書いたのでそれを使えば)は単に通常の生理に逆らう言い回し、なのではなく何らかの能動的な精神作用の反映された(語意伝達に狭められない)表現となっている。だが喋っているのは言語であり、語意・語感が波動を形成し、身体の動きと相まって伝えてくるのは「現在」という時に対するある種の疑念である。この通奏低音のように鼓動する「批判的・懐疑的視点」に不快を催すタイプの観劇者は、これをあまり好かないだろう。私は逆である。
    前回まで出演していた特徴的な女優の姿が見られず淋しかったが、新顔も「地点語」の世界でパワフルに遊んでいた。

  • 役者の肉体運動と音響効果が素晴らしい。発話は以前より普通になった?

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