近松心中物語 公演情報 近松心中物語」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.3
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  • 満足度★★★★

    いのうえひでのりさんが、くるくるする前に最後に手がけた作品ですが、空間の使い方が本当に見事で素晴らしかった。もちろん、堤真一さんを始めとしてた出演者の方々の演技も素晴らしく、最後まで圧巻でした。

  • 期待しすぎたのかもしれない。

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2018/02/18 (日) 13:30

     2度目の観劇は千秋楽。ストーリーは単純なのだけれど、役者の力量と舞台遣い(美術+照明+音響etc.)で見せる芝居だと改めて思った。千秋楽なりの力の入り方は特に見られなかった、というより、最初に見たときから豪快な舞台転換と熱演が、千秋楽まで維持されていたように思う。宮沢りえは美しすぎるが、ややバカップル的な小池栄子・池田成志の組み合わせも、改めて絶妙だと思った。

  • 満足度★★★★

    とにかく宮澤リエがうつくしい
    それに尽きる!!

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/02/16 (金) 18:30

    セットの豪華さにびっくり。2階席だったのでセリフはよく聞こえないし(でも徐々に耳は慣れる)、役者の表情は見えないしという点を差し引いても、巨大なセットにびっくり。大プロダクションの作品は違う! たまにはこういうのもいいか。

  • なかなかに良かった

  • 満足度★★★★★

    宮沢さん美しかった

  • 少し笑いに走り過ぎだけどこのくらいの方がウケるんだろうなぁ

  • 満足度★★★

    美術は素晴らしかった

  • 満足度★★★★

    皆さんたっぷり書かれていますが、本当に美しい作品でした。

  • 満足度★★★★★

    舞台セットの演出が素晴らしかった。身を切られる思いで見るつもりだったが、面白すぎて笑いが止まらなかった。

  • 満足度★★★★★


    再演はこうでなくちゃぁ、と言う出来である。
    数ある蜷川演出の中でも、とびぬけた大ヒット作品。それまでは洋物ばかりだった蜷川が初めて取り組んだ歌舞伎だね、しかも作者はほぼ忘れられていた戦前の女性劇作家・秋元松代。これを帝劇で平幹・太地喜和子の新劇俳優でやるという東宝演劇部の決断が生んだ傑作を、新感線のいのうえひでのりの演出で再演する。しかも、掛け声ばかりでほとんど成功作のない使い勝手の悪そうな新国立劇場の中ホールで一月半の長期公演。製作は独立の制作会社のシスカンパニー。まぁ、芝居見物衆にとってはその首尾いかに、と物見高さも一段と掻き立てられる挑発的大興業なのである。
    既に興行も半ばを越えていて、勝敗の帰路は明らかで、昭和の名作が、平成の名作ともなって甦った。ほめ言葉も、多岐にわたっていて、目にしたものは殆ど同意である。改めて言葉を重ねることもないだろうが、この再演の一番の成果は、蜷川をなぞらなかったことである。蜷川の初演が、森進一の歌に象徴されるように、歌舞伎にある伝統日本のモダナイズとして成功したことを引きずらず、男女の愛の形として、ドラマを徹底させている。
    端的に例を言えば、二組の男女の重要なシーンは、すべて、中央の突き出したステージで演じられる。セットが抽象的だと言う事もあるが、そういう説明にとらわれず、ダイアローグが交わされる。蜷川にあった情緒的な「シーン」でなく、男と女の情念の激突が表現される。秋元松代の科白にある力強さの新しい発見である。理知的でありながら強い情念がある。劇場中に雪をふりまかずとも観客を引っ張っていける。この劇場の舞台の奇妙な形が初めて生かされたとも見えた。
    俳優は主役が、いずれも、小商売、色街でも二流、と言う役柄をよく心得ていてスター芝居にならなかった。庶民劇と言う状況の把握で、蜷川演出の持っていた情緒性を填補した。脇もいい。小池栄子、市川猿弥(★5つ)、立石涼子、色街の女たち。
    音楽もあえて、立てなかったところもよかった。森進一に対抗するように音楽が作られていたらきっと白けただろう。
    再演はこのように新しく作品を時代の環境に合わせて、再生させることにある。平成の観客に向けた見事な再演である。蛇足を二つ加えれば、一つ、公費でやっている新国立劇場は、戯曲の再発見と言いながら、古脚本を並べるだけだ。この再演には遠く及ばず、ケラの岸田戯曲ほどのこともできていないではないか。だらしない。二つ、この興業が一番いい席で9千円。私はものすごく得をしたと思った。見物衆にこういう幸福感を味わあせえくれるのが興行主の役割である。以上二点を含め今回はシスカンパニーの完勝だった。、

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/01/20 (土) 13:30

    クライマックスシーンはもちろん、梅川の登場シーンが美しかった。
    小池栄子さんの演技が良かったです。
    あと、美術がキレイだったのが印象に残った。

  • 満足度★★★★

    鑑賞日2018/01/12 (金) 18:30

     かの蜷川幸雄演出で、1000回以上上演された作品なので(私も寺島しのぶ・阿部寛のバージョンは観ているのだが)、演出のいのうえにはプレッシャーだろう。だが、そこは新感線での経験を活かし、少し別な印象の『近松心中物語』になっている。何と言っても、舞台美術の抽象性と転換で自在に舞台を動かし、「大騒ぎ」の印象を作り出すことができている。物語は単純で、心中しなければならない2組の男女の話だが、いのうえは、それが誰にでも起こりうることという解釈をしているように感じた。役者では、池田成志が出色の出来だが、江戸情緒を出す上で市川猿弥の存在感も大きいように感じた。

  • 満足度★★★★

    劇団☆新感線を自ら観ることはないと思っていたが、かの秋元松代の戯曲をいのうえひでのりが演出というので物見高く観劇と決めた。
    「伝説」のように言われる蜷川幸雄演出舞台を私は知らないが、壮観な装置と流れるような転換(それも場面の一つであるかのよう)は蜷川「身毒丸」を彷彿とさせる。
    が、新国立中劇場を使いこなす松井るみの美術(蜷川演出では朝倉摂)と演出いのうえのタッグの成果も認められた。
    美しい「形」や「様式」には、それが形や様式に過ぎないと分かっても浸ってみたくなるものがある。休憩を挟んだ後半、心中の道行きを辿ることになる二組の男女の一対一の会話や、逼迫した状況を演出する追っ手の登場などでズームが人物に寄り、舞台が立体に見えてくる。
    前半には「買う」道楽と無縁の忠兵衛が女郎・梅川と遭遇し、互いに一目ぼれしあう場面があったはずだが見逃している。もう一組の男女、与兵衛とおカメ(だったか)を知らず、与兵衛と忠兵衛を同一視したりで筋が飲み込めず前半を終えたが、後半で理解できた。
    新国立中劇場は2年以上ご無沙汰、にもかかわらず床の黒や奥行きの特徴に「ああ」と懐かしさがよぎった。
    空間を存分に生かした美術は、とりわけ終盤、目に飛び込む刺激だけでご飯が進むが如し。もとい、芝居が極上の料理の如くになり。
    「心中」が日本人の深層に訴えるものでありエンタテインメントたり得ることを再認識。「心中」を鏡にして浮かぶ江戸の庶民の姿(悲哀を帯びながらも現世の春をしたたかに謳歌する)こそが、物語の主役として浮上する、という構図が今回の演出にもあり、これを見事に図案化してみせた確かな仕事があった。

    ネタバレBOX

    舞台づくりの優先順位を意識しながら見ていると、中劇場の宿命=声の届かなさは、この舞台では仕込みマイクを通すことによる音質の違和感として表れた。台詞が聞き取れる事を優先した訳である。心情の「演技」よりはテンポや動きのメリハリが優先。心情の連続性や場の(心情面の)連続性よりは人の滑らかな移動や華麗な動きや展開(見た目の美観)を優先。
    前半の「分からなさ」は、(私の感覚では)心情表出の精度に拠った気がしている。また序盤での与兵衛と忠兵衛のキャラ分けは欲しかった。平場での(日常ベースの)やり取りではリアルな演技が物を言う。もっともまだ水面下で台詞に四苦八苦する役者・場面がしばしばみられ、大変だなと思う。
    演技としては、堤真一は主役4名の中でも主役である者だが、ナイーブさがもう一つ出せていない。声量を意識し、声を張ると繊細な演技ができず台詞の後半で感情面の帳尻を合わせる「探り」の発語が見られた。百戦錬磨の池田成志が緩急自在なのと印象が好対照となる。風貌で多くを語らせてきた映像主体の堤氏は、声を張らない演技に徹した方が良かったのでは・・と余計な事を考えたが、いのうえ演出ではそれは無い、のだろう。無いものねだりかも知れないが、どこか一度でも役を自分のものにねじ伏せた、と感じとれる一瞬が欲しかった。
  • 満足度★★★★★

    すぐ隣で上演中の「アンチゴーヌ」は観客に色々考えることを求めるのに対し、こちらは観て聴いて感じたままを楽しむものでしょう。有名俳優さん揃いなこともあって私が何かを書く必要はまったくないのですが、あったりまえのことをちょっとだけ書いておきます。

    堤真一さん、宮沢りえさんは演技はもちろん、声の魅力(魔力)でぐいぐい迫ります。小池栄子さんは「カンブリア宮殿」の“できる女”とは打って変わった可愛い女を演じます。池田成志さんはすっとぼけた役を演らせると日本一、笑いと哀愁の両面で観客の心を掴みます。市川猿弥さん、銀粉蝶さんのセリフの切れ味にはしびれました。

    舞台セットの変化も大きな見所です。スタートは舞台いっぱいに広がった大坂の町で、溢れる色彩と歌と踊りで観客の気分は激しく高揚します。回転する舞台を巧みに用いた場面転換、笑ってしまうローテクやこちらの遠近感が狂ったのかと思わせるようなエンディングなどお楽しみ満載です。

    衣装が間に合わなかったのかポスターは洋服(?)で何かひねりのある舞台なのかといぶかしんでしまいますが、ネットで通し稽古の写真を見ればわかるように普通に着物を着ています。その点では王道の元禄時代の物語ですのでご安心を。

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