公演情報
「風紋 ~青のはて2017~」の観てきた!クチコミ一覧
満足度★★★
てがみ座の作品には真摯という言葉がよく似合う。
個人的には宮沢賢治には特に思い入れがないので、
その他の登場人物たちが目に留まったのだが、
先の震災が思い起こされるような状況が切なかった。
其処此処に賢治の言葉が散りばめられた美しい作品でした。
満足度★★★★
病に倒れ東京から故郷に帰る宮澤賢治が、千人峠の駅舎兼旅籠で過ごした時間。そして過去の友人とのやり取りや死んだ妹への想い。
悪天候に閉じ込められた人々のそれぞれの抱えるものも含め、喪われたのもを想う心情を細やかに描き出していた。
満足度★★★★
鑑賞日2017/11/11 (土) 19:00
座席J列6番
旅に病んだ宮沢賢治が投宿した3日間の物語。語り口、装置なども含めててがみ座ど真ん中で「亡くした大切な人への想い」がしみいる。
装置と言えば窓のデザインに鵺的「奇想の前提」を連想。また、照明もステキ。(やはり今年のトレンド?)
満足度★★★★
鑑賞日2017/11/13 (月) 19:00
1933年、花巻と釜石を結ぶ交通の難所、仙人峠にある花巻軽便鉄道の駅舎兼旅籠を舞台に、宮沢賢治の晩年の3日を描く。と言っても、雷雨で峠の山道が塞がれ閉じ込められた形の、「居場所」のない人々を描いた群像劇として、優れた舞台だった。人物それぞれの「漂い」感が切なく、それらの中での賢治のポジションが絶妙な印象だが、やはり旅籠の女将役の石村みかの存在感が軸になっている。ただし、テンポにメリハリがなく重く長い印象になるのは惜しい。これは、てがみ座の公演でしばしば思うので、演出の問題というより、脚本の問題なのかとも思う。
なおアフタートークで長田は「賢治は〇〇だと思われているが、実は××だったという視点で描きたかった」という言い方を何回かしているが、〇〇だと思っていない人にとっては、どうなのだろうという疑問が湧いた。
舞台は1933年の岩手県、千人峠にある木造の駅舎兼旅籠。建物も家財道具なども具象で凝っていますが、上手と下手の袖に抜け感をつくって抽象性を確保しているので、嵐で人々が閉じ込められる設定でありながら、風通しも良いです。弦楽器(チェロ演奏・編曲:佐藤翔)の音楽が心地よく、世界観にフィットしていました。
登場人物たちは風雨によって無理やり社会から隔離されるわけですが、旅籠滞在はふいに訪れた人生の休み時間のようでもあり、見知らぬ人同士がともに支え合うユートピアであるとも受け取りました。
1933年の昭和三陸地震も題材になっており、2011年の東日本大震災発生時の情景がすぐによみがえりました。ぽっかりと浮かび上がった虚構の空間だから、愛について、死について、率直な言葉で語れるし、観客もそれを素直に受け止められるのだと思います。
満足度★★★★
宮澤賢治もの、である。没後そろそろ百年にもなるというのに、この作家は衰えぬ人気がある。生前に恵まれなかったと言う事もあろうが、同じ啄木と違って純なところが万人向けなのだ。それだけに扱うのもむつかしく、下手にいじると世論の反撃を食うので、いつも、賢治は不遇の神格化、作品は永遠のファンタジーと言う作りが多かった。
数えきれないくらいの賢治ものが書かれている中で、今生きている劇作は井上ひさしの作品が最も親しいものだが、それも、作者も作品も大団円にうまくまとめたという感じだ。
その中であえて、平成の新進作家の挑戦はいかに?と見物に出かけたが、これが今までの賢治ものにないなかなかの出来なのである。
赤坂の小劇場一杯に組まれたのは遠野市と釜石の間の仙人峠の鉄道未通区間に置かれた駅舎兼旅籠。あらしで不通になったところで、賢治などの旅客が過ごす3日間の物語である。賢治は死の直前の36歳。ロシア革命の年で世界情勢はこの峠まで及んでいる。宿の客は5人、パタン化した役振りなのだがその臭さがない。宿の亭主と亡くなった息子の嫁が切り回す峠の宿もよくある劇的設定なのだが、いつもは型どおりになったりする亭主役の佐藤誓と嫁の石村みかが、役柄をよく抑えて快演(どこかで演技賞でもとりそうなできである)、それにつられて他の俳優陣もよく大正時代の空気を無理なく出している。売られる農村の娘役の神保有輝実も湿っぽくないところがいい。この芝居の成功は殆どそういう時代の中でやむなく生きている都市化し始めた農村社会の人々を,性急に台詞で声高に「社会化」していないところにある。そのために、こういう人たちの中で、賢治のありようが、神格化もファンタジー化もされないで素直にひとつの時代の作家として描かれることになっている。
戦前から続く日本の新劇の伝統の上に立った作品ながら、今の時代にも通じるように書かれている快作で、もうこういう作品を書く人は出てこないだろうと思っていたので大いに感心した。新劇の伝統と言うと古めかしい正邪宣伝の社会劇を連想するが、新劇でも今でも面白く出来る作品はあるし、基盤としたリアリズムはやはり現代劇の基礎となるものだ。
演出は奇をてらわずオーソドックスだが、うまくまとめている。
満足度★★★★★
鑑賞日2017/11/09 (木) 19:00
価格4,200円
18:00受付(指定席、当日券あり)、一旦外へ出て18:45会場へ戻り中へ。
ここはとても久しぶりな気がしたのでこりっちで調べてみると「くれない坂の猫(2012/1)」脚本長田さん/演出田中さん以来らしい。
外で待っていると地階から上がってきた福田さんに声をかけていただき(てがみ座の方とお話したのはこのときが初めて)うれしく思ったことを覚えています。
てがみ座の公演も「線のほとりに舞う花を(2011/4)」@王子小からで6年半、13公演目になりました。
宮沢賢治、今、各地で開催されている秋季高校演劇でも賢治の作品から派生した戯曲がいくつか。
また、長田さんの戯曲では「by the sea(2013/1@エコー)」「凪の樹海(2013/7@スズナリ)」、そして「終の楽園(2014/7@文学座)」、このとき、2年後に文学座研究所の公演を観にいくようになるとは思っていませんでした。
鳥の声、水の音?
18:57前説(アナウンス、130分)
19:01開演~21:08終演
舞台はその設定のように閉じられた感じがする造り。賢治の一生、時代、自然、争いがこの空間を細かい砂粒のように少しずつ埋め、それが咳き込む原因のひとつではないかとすら考えてしまいました。
床下の砂が描く風紋、どこからでも入ってくるひとつひとつはとても小さなものが積もってゆく。
1933年の出来事は2017に置きなおしてもなんら違和感はありません。
戸外に出れば険しい自然が、そこを越えれば主義主張が、そのまた先には国境間の争いが。
それを一瞬にして流してしまう災害。
峠の向こうには何が、本当のさいわいはどこにあるのでしょう。