「ベルナルダ・アルバの家」 公演情報 「ベルナルダ・アルバの家」」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.7
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  • 満足度★★★★

    仲代達矢さんが主催する無名塾の稽古場公演。
    仲代劇堂は、仲代達矢さんの自宅稽古場だが、素人目にも都内にある多くの小劇場と比べてもかなり設備はいい。

    『ベルナルダ・アルバの家』は、スペインのロルカが銃殺される2カ月前に書き上げた作品。つまりロルカの最後の作品だ。

    (以下はネタバレboxへ)

    ネタバレBOX

    夫を亡くし、8年間喪に服することを5人の娘たちに科そうとする母。その姿は強権的で独裁的。ロルカの生きた時代のスペイン、つまりフランコの独裁を暗示しているようだ。

    「家」の「格」を守るために、娘を嫁に出すことさえもしない母。上の娘はすでに39歳になっている。
    家の壁の「こちら側と向こう側」にこだわる。つまり「体裁」を気にしているのだ。

    しかし娘たちは母の思い通りにはならない。「血のつながりではなく男」の台詞が印象に残る。

    あえて女性だけの設定にしたのは、「男女の違い」といったような支配される側とする側の「違い」を感じさせないためではないだろうか。
    「外」ではなく、「中」の問題。同じ国民たちの問題。

    ラストは「家の崩壊」を予見させながら、さらに悲劇的である。
    「血」をもって現状を破るしかないということなのか。

    母役の岡本舞さんの強い存在感。例えば、娘に振り上げる杖が、本当に殴りそうなほどの気迫を感じた(役者は、この場合、制止されることがわかっているので、それを想定した動き、つまり動きが止まってしまうことが多いのだが)。

    台詞の噛み合い方が気持ちいい。
    2階や舞台としての段差などを使ったりする立体的な演出もいい。

    演劇では、実際の年齢とは異なる役を演じることがあるが、なぜか実年齢よりも若い役は無理をあまり感じないのだが(例えば30代で小学5年生を演じても)、実年齢よりもわずか10歳年上を演じてもなぜか違和感を感じてしまう。結構不思議だ。もちろん中に年寄り役がはまる人も、いるにはいるのだが…。
    この舞台でも実年齢よりも上の役を演じていた俳優さんがいたのだが、動きや台詞回しを工夫しても、やはりしっくりこない。
    熱演なんだけど……。
  • ①こんなにも女性の恋愛欲求が剥き出しの作品に出会ったことがない。父が他界して8年喪に服す❔それはあまりにバカげている。でもだからといってあんなにも明け透けに男を求めるのは少々品がない。モロに下ネタも品がない。なかなかに衝撃的な作品だった。
    ②決して便がいい場所とは言えないアトリエでの公演。だから仕方ない部分があるのも分かっているけれど、あえて書いておく。
    遅刻入場者の数が過去最高😠
    あの距離で、あの人数で、あの客席の配置で見ている中に、あれだけの遅刻者がいたら集中を保てるはずがない。

  • 満足度★★★★

    初めて降り立った東急線用賀駅から、住宅街の中に構えられた「劇堂」へ辿り着き、潜り込んだ。初めてというのは何にせよわくわくする。不安もある。ゆったりとした玄関ロビーから住宅内のような部屋を通って入れば、立派な劇場、否劇堂である。
    叩き上げの仲代達也はエリートの加藤剛とは出来が違う・・と私の居た中学校の教師(演劇部顧問や地域の演劇鑑賞会もやっていた)が言っていたが、成人になってからは「過剰な演技が臭い」と言う声も聞いた。
    そんな昔の事をふと思い出したのは開演直後。今回演出も手がけた小間使い役がいかにも「型」で表現しようとする演技を繰り出す。関係性が判らず困惑する。仲代の塾はそうなんだ・・と見ていたところが次第に「言葉」が物語を伝え始めた。冒頭の違和感いつしか解消のパターン。ある種の劇世界のルールをざっくりと見せる、という手法であったかと思う所も(好意的解釈・・後付けかも知れんが)。
    次に思い出したのは、同じガルシア・ロルカ作『血の婚礼』。どちらも「家」が舞台だ。家というコミュニティと他者(略奪者・侵略者)を巡る物語と見ることが出来る。
    どこからそう確証したのか明言できないが、やり取りを聞く内に、これが近代的な法支配の埒外の時空であると感じる。貨幣は頻用されず土地と作物、交換価値のあるものとの交換によって暮らしが営まれており、ある場合には若い女性も交換、また略奪の対象となる。
    ベルナルダ・アルバ(未亡人)の家の年頃の娘たちは、一人の男を巡って利害対立状態にあり、許婚であるはずの娘、思い募りながら諦めた娘、そして陰で男と逢っていた娘、この構図が薄明かりの中にぼんやりと輪郭が浮かび上がるように、次第に見えて来る。そして明白になったと思いきやドラマは一気呵成にラストを迎える。家の中は身内、外は敵だ。娘は「内」になろうとする男と密通する事で男と共に「敵」となり、ただし態度を明白にしたのは事実が露呈した瞬間であり、今まさに男が娘を連れ去ろうと迎えに来ようとする時。そして悲劇の結末を迎える。『血の婚礼』(新国立劇場研修所公演)の時ふと嗅いだ気がした「血」の匂いがした。原初的で赤裸々で、実はその黒々とした人の群れの中に自分も埋もれ、そんな存在である人間を、審判しようとする観客は恐らく居まい。静かに慈しみ、愛おしむ事しか出来ない。・・劇堂での、女だけの芝居は、この結末に辿り着かせてくれた。

    ネタバレBOX

    一人年輩のベルナルダ・アルバを演じた岡本舞という名には覚えがあり、声と喋り方から、中原俊監督『櫻の園』の演劇部顧問の役の女性に思い当たった。風貌ではなく音の片鱗から、眠っていた記憶が呼び覚まされ、懐かしい思いと同時に人間の個体識別の力を思わせられた。
    が、若手の女優の一人は終盤になって「そう言えばどこかで」と思い出し、調べるとどうやら温泉ドラゴンの先の公演。・・識別力というより、若い頃の記憶力はえらいという事か。

    十代の頃から認知していた唯一の劇団名「無名塾」を漸く目にしたという感慨もあって、やや興奮気味に会場を後にした。
  • 満足度★★★

    ベルナルダの迫力は、なかなかのものだったが喪に服すことを強いられる娘たちの欲求不満の爆発の熱量はやや不足しているように感じました。
    見たいものだけをみるベルナルダは強いようでいてもろい。彼女も抑圧される側でもあるのか。

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