cramurer/sirènoyer 公演情報 cramurer/sirènoyer」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
1-1件 / 1件中
  • 満足度★★★★★

    幻想芸術集団 Les Miroirs 10周年記念公演
     幻想芸術集団 Les Miroirsの10周年の記念公演は、「sirènoyer -シレィノワイエ-」と「cramurer -クラミュレ-」の2本同時上演。

     どちらも、仄かに美しく甘美な毒に彩られた世界。

     ベラドンナの毒とアンスリウムの甘く儚く危うい香りを孕んだ、耽美で幻想的な舞台。

    【sirènoyer -シレィノワイエ-】

     舞台に立ち込めた白い靄が消えると、其処は、鈍色(にびいろ)の空、吹き募る嵐、見えざる運命の手に引き寄せられ辿り着いたのは、黒衣の未亡人の住まう館。

     「sirènoyer -シレィノワイエ」-の物語が緩やかに紡がれ始める。

     「sirènoyer -シレィノワイエ-」は、水妖と一人の青年の幻想的で、儚く美しい悲恋の物語。

     けれど、その結末は、果たして本当に悲恋だったのだろうか?最後まで観て行くと、この物語の結末は、二人にとってはある種、幸せな結末だったのではないかと思う。

     水妖と青年の悲恋。幼い頃から好きだったオンディーヌとローレライの伝説が、記憶の底から蘇る。

     青年になる前の少年だった頃の可憐な水妖との恋は、水界からも人間界からも祝福されるものではなく、水界の王に知られれば、少年の命を奪うか人魚姫のように自らの命を儚くするかしかない。

     少年は命の代わりに、片目を失い、少年の前から水妖は姿を隠し、水妖をも失う。

     やがて、少年は水妖を探し尋ねる隻眼の旅人となり、嵐の夜、黒衣の未亡人の住まう館へと辿り着く。

     謎と悲しみを纏った黒衣の未亡人の正体が、露になる時、隻眼の旅人の長い旅は終わり、旅の終わりはまた...。

     一見悲恋に見える結末は、長い時間の果てに辿り着き、水妖が余儀なく奪った旅人の目を返し、互いの腕(かいな)に互いを抱いたふたりにとっては、幸せな結末だったのではないかとも思う。

     朝霞ルイさんの苦悩と水妖への消えることのない恋情を抱えたまま旅を続ける、一途で凛とした隻眼の旅人の佇まいの美しさと切なさが、胸を貫いて涙が込み上げた。

     麻生玲菜さんの水妖は、可憐で儚く、乃々雅ゆうさんの美しさと恐れと悲しみを湛えた謎めいた黒衣の未亡人の痛みが胸を刺す。

     「sirènoyer -シレィノワイエ-」は、海のように深く静で悲しみの媚薬を垂らしたような蒼の愛。舞台の隅々までが、美しい物語に包まれた舞台だった。

    【cramurer -クラミュレ-】

     「sirènoyer -シレィノワイエ-」が、蒼の愛だとしたら、「cramurer -クラミュレ-
    」は、紅蓮の色をしたアンスリウムか曼珠沙華の花のような紅の愛。

     「cramurer -クラミュレ-」を観ている間中、一枚の絵がずっと、頭の中に浮かんでいた。

     速水 御舟の「炎舞」である。

     紅蓮に捲れるように、追い縋る炎から逃れようと舞う様にも、敢えて炎に身を投じようとするかの様にも見える蝶と炎の絵だ。

     篝火の炎のように、紅蓮に身を焼く紅の愛。

     恋人しか目に入らない実の兄に心を寄せる妹(池下真紀さん)の、報われることも、気づかれることも、受け入れてもらえることもない、痛ましく哀しい愛。

     火祭りの日を境に姿が見えなくなった恋人を狂おしく焦がれる絵描き(朝霞ルイさん)の愛。

     小鳥の中に身を移し、恋人の絵描きに知られぬように寄り添う恋人(祐妃美也さん)の儚く切ない愛。

     絵描きに寄り添い、やがて、絵描きの恋人と同化して行くかのような小鳥(風祭鈴音さんの)自分の思いをも抑え、絵描きと恋人の恋を見守る愛。

     ファム・ファタールとそれに焦がれる者、更にはファム・ファタールに焦がれる者に焦がれる者の狂おしく哀しく美しい紅蓮の愛が身を貫き、心を刺して痛い。

     けれど、その痛みは何処か心の奥底に隠した、憧れの痛みのようでもある。

     最後にはらはらと舞い落ちる深紅の羽根は、絵描きと恋人の昇華した愛の血のようで、心が震えるほどに美しい。

     薔薇色のため息が零れるほどに儚く幻想的で美しい耽美に満ちた舞台。子供の頃から大好きな世界だった。

     幼い頃にとっぷりと身を浸した、幻想的で美しいも物語の中で、遊んでいた懐かしい記憶が頭と身体の中にまざまざと甦って来る、濃密でいて儚く美しい時間に漂った素敵な時間と舞台。

     久しぶりに、幻想的な物語を書きたくなった。

     空間に紡がれる台詞が、シェイスクピアの「真夏の夜の夢」のようにとても美しくかった。

     美しい言葉が水のようにゆるやかに滔々と流れているような 心地好さ。幼い頃に好きだった物語や中学生の頃に夢中になって読み耽った小説に綴られた言葉と似ていて、懐かしい記憶が次々と呼び覚まされた舞台だった。

                           文:麻美 雪

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