漂白 公演情報 漂白」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 5.0
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  • 満足度★★★★★

    水面に垂らしたコーヒーのように異物の陰が広がる
    幸福な家族に、招かざる客が……そんな設定の作品は今までも何本もあった。
    さて、この作品では。

    ネタバレBOX

    幸福そうな家族に、招かざる異物(客)が混入することで、波紋が波乱となる、そういう設定の作品は今までも何本もあった。

    この作品もそうである。
    弁護士一家の豪邸に招かざる客・佐山が登場することで、ほころびが広がり、壊れていく。
    それをどう見せ、何を示すのかがポイントである。

    冒頭の、少しとぼけたと感じ、と思わせる雰囲気がいい。
    朝、この家の妻(市毛良枝さん)が起きてくると知らない人物・佐山(若松武史さん)がソファーに寝ている。
    妻と夫(小林勝也さん)、そして知らない人物とのやり取りが笑える。

    しかし、ここに仕掛けがあった。
    「なぜ、その不審者は帰ろうとしないのか」
    「なぜ、夫は、不審者がいることをあまり問題にしないのか」
    ということだ。

    佐山を演じる若松武史さんという俳優から目が離せない。というか好きだ。
    大げさに言えば、いつも陰があり、いつも不気味な存在である。

    顔の角度や声の調子から、それを常に醸し出している。
    ように感じてしまう。
    この作品でも、単に酔っぱらって、家の娘に無理矢理に連れてこられてきてしまい、つい、うっかり言ってはいけないことを口走ってしまったようにしているが、「そうじゃないだろ?」「わざとだろ?」と思ってしまう。

    若松さんが、言い訳せずにすぐに謝り、さらにすぐにフォローしたりするところなどが、特に怪しいのだ。

    そういう見方をしていたが、実はどうであったのかが、徐々にだが、先に進みながら、うっすらと見え、ラストに明らかになる。

    彼は、写真家であり、「顔」を撮っていると言う。
    彼のシャッターの押すタイミングは独特であり、その場で感じていることを被写体に質問して、そのリアクションを撮るというものだ。

    この家の妻にも「大丈夫ですか」と質問し、シャッターを押す。

    これは、実はその場で感じて発した質問ではなく、「用意していた質問」であることが後々見えてくる。

    もちろん、ここからは想像なのだが、佐山は、パーティでこの家の娘に出会い、そこで酔っぱらって、娘の実家に連れてこられたということになっている。
    しかし、そうではなかったのではないか。

    佐山は、「顔」つまり「表情」を撮りたいと思っていて、そういう表情を探していたのだろう。そこで、娘・美加と出会い、いろいろリサーチしたのだ。(たぶん)美加を酔っぱらわせて、しかも、本人がしゃべってしまった、と思い込ませないように巧みに、根掘り葉掘り聞き出したのだろう。

    だから、この家の秘密(母親が息子の結婚した相手を知らない・知ったら反対するということ)を知り得て、ピンときたのではないか。しかも、翌日は、母が息子の子ども(つまり母の孫)の出産に立ち会うための出発の日なのだから。本当はこの家へ押し掛けたのだろうが、それも「娘・美加から無理矢理に誘った」という感じにしてある。

    佐山が、この家ではタブーなことに、タマネギの皮を剥くように、慎重に近づいていく。
    最後の表情を撮るために、妻に「大丈夫ですか」という不安の種を蒔いてからというのも、用意周到だ。
    「大丈夫」の単語がうまい。
    要所要所で発せられることで、妻だけがやすりで削られるように、反応する。

    どこかに訪れるであろうシャッターチャンスを舌なめずりしながら、佐山は待っている。
    だから、理由をつけて帰ろうとしないし、わざと「なぜここにいるかわからない」としたのも、彼の暗い計画を隠すためのものだったとわかるのだ。

    弁護士の夫が不審者である佐山に、ある意味寛大なのは、そんなことに構っていられないからだろう。
    つまり、何も知らずに息子のところへ行く妻へ、どのタイミングで話すか、あるいは行かせないか、ということのほうが大切だからだ。

    ただ、少し不安定になった妻の言動はあまりにも不審すぎる。
    たぶん、夫や娘、そして息子たちからの距離感は、薄々感じていたのだろう。
    だから、とても不安定な足場の上にいて、「大丈夫」の一押しで、ぐらついてしまったのはわかる。
    しかし、やはり、ぐらつきが大きくはないか。

    大雨で家そのものが危ないとしても。

    妻の「家」の象徴は「家」そのものであった。
    家が象徴するものが、実は近所にもいい印象を与えていなかった、ということと、家族の関係は似ている。

    水害に晒されている、今の「家」そのものが、今の家族を示している。

    ラストに、佐山が待ち望んだシャッターチャンスが訪れる。
    信じていた「家族」の存在が「崩壊」していたことに気が付いた、妻の顔の一瞬一瞬だ。
    この瞬間のためだけに、家族の「虚構」が「崩壊した」ではなく、「白日の下に晒された」のだ。

    佐山の巧みさは、今回初めて発揮されたのではないだろう。
    つまり、こういうことを、彼はずっと繰り返し行ってきたのではないか。
    ということは、「こういう家族は結構いる」ということなのだろう。
    他人から見れば、ぐらぐらした足場に立ち、一押しで簡単に崩れてしまうような家族が、だ。

    しかし、この家族の「崩壊」(白日の下に晒された)は、いずれ起こったであろう。
    つまり、息子の嫁の話を家族が誰も自分に話してくれなかったということに、数時間の間に気が付き、同じような崩壊感を味わったのではないかとも思える。

    妻役の市毛良枝さんの、なかなか崩れないままの、崩壊ぶりは見事で恐い。
    夫役の小林勝也さんの、佇まいもいい。
    町内会長役の谷川昭一朗さんの、ラストに向けての剥き出しの敵意がとてもいい。
    そして、佐山役の若松武史さんは、その場所に常に陰が差していて、彼の存在が水面に落としたコーヒーのように(そう、夫が水浸しの床にこぼしたコーヒーのように)、家族にも陰を広げていった。そういう演技が素晴らしい。

    この流れでいけばい、ラストは「本水」だろうと思っていたが、最前列席にはカッパの用意もないので、どうするのかと思っていた。
    しかし、「なるほど」ということで、窓から溢れてくる水があった。

    「雨に唱えば」の鼻歌は、あまりにもフィットしすぎではあったが。

    ラストで、抱き合う3人の家族の姿で、「雨降って地固まる」的なものなのかと思えば、そうではなかった。
    そういう甘いラストではなく、「家族」という「虚構」の「鎖」で繋がっていた妻は、そんな鎖はなかったということに気が付き、心が「漂泊」していくのであろうということを感じさせるラストでもあった。
    これを乗り越えていくことができるのか、ということはわからない。

    少なくとも、ご近所づきあいは、表面上のものはなくなり、厳しくなっていくのだろうとは思うのだが。

    蓬莱竜太さんの戯曲は、毒の感じがいい。
    そして、田村孝裕さんの演出もかっちりしていて見やすかった。
  • 満足度★★★★★

    プロデューサーにも惜しみ無い拍手を
    やっぱり「春にして君を離れ」でしたか。フライヤーの文面からなんとなく推察していましたが、これはオーダー元の勝利!蓬莱さんの筆が冴え渡っていました。挫折?を知らない人の傲慢さや救いのなさを、往年の「奥さん(お嫁さんだったかな)にしたい女優No.1」の市毛さんが演じることで、日本人の俗物さを皮肉る効果すら感じました。小林さんの個性も役にぴたり。
    …蓬莱さん、また傑作書いてしまいましたね…‼

    ネタバレBOX

    家族って閉鎖社会。これは豪雨に閉ざされたある種の密室劇なのだけど、閉ざされていたものが閉ざされることによってそれまで危うくも保たれていた均衡が崩れていきます。
    「マッサン」のエリーが連発する「だいじょうぶ」。最近はno thank youのニュアンスで使われることが多いようですが、それもうまく用いられていました。
  • 満足度★★★★★

    日本の縮図
    思い返せば日本の縮図を観たような。。。あ~~きっとこの家の積み重ねが今の日本なのかもしれない。何にそんなに恐れているのか?なぜわざわざ孤立することを望むのか??ハラハライライラしながら大いに笑ってらすとに「あわわ…」ってなりました。全ての世代に楽しめる作品だと思います。色々な視点から観ることができると思いました。

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