マームと誰かさん・ごにんめ 名久井直子 さん(ブックデザイナー)とジプシー 公演情報 マームと誰かさん・ごにんめ 名久井直子 さん(ブックデザイナー)とジプシー」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 満足度★★★★

    装丁を為すこと、演劇を為すこと
    役者によってしなやかに語られる装丁者の言葉や想いに、「本」に対する新たな感覚が生まれる。翻ってその作業が照らし出す演劇の新たな側面にも息を呑みました。

    ネタバレBOX

    場内に入ると、たくさんの書籍や雑誌が展示されていて。
    会場の中央には四角の囲み舞台、奥にはスクリーン。席をとって、ドリンクを引きかえて、「ご自由に手にとってご覧ください」との表示に甘えて、展示されている本たちをとりあげ、そのさわりを読んだりしながら開演を待ちます。
    やがて役者が水を張ったボゥルを手に持って現れる。後で香りの元だと知れる何かをビンから注ぎいれて開演の準備。
    舞台面の奥にはパソコンが置かれたテーブルがあり、そこに今回の誰かさん、ブックデザイナーの名久井直子さんが座って・・。一瞬の静寂から踏み出して舞台が始まります。

    素の態での語りから、リーディングが始まる。
    光や音が呼吸を始め、映像がその世界に重なり、役者の所作のひとつずつを映えさせ、語られる言葉を際立たせて、観る側を作品に取り込んでいく。
    そうして、空間に観る側を閉じ込めると、役者は、素のトーンに戻り、名久井さんの言葉を自らのことの如くに綴り始めていきます。装丁の作業のこと、一冊ずつの本に対しての装丁者のこだわりや、苦労話。
    役者のさりげなくでもよく研がれた身体の動き、リーディングとおなじように光や音、映像が、彼女が語った仕事の内容や、それを為す感覚や想いや、感じるたことが、演劇の語り口とともに編み上げる。
    栃の香りを注ぎいれられたボウルの水から微かに漂ってくる香りは、名久井さんが幼いころ近くにあった製紙工場の香りを思い出させるものだというエピソードも、観る側に彼女が抱く感覚の一部を垣間見せてくれる。

    変わらずにパソコンに見入る名久井さんがいて、役者が演じる名久井さんの言葉があって。
    「自らの言葉をもたない」名久井さんが、本のコンテンツに、演劇のメソッドで表された世界とともに新たな彩りを加えていくことが、とても自然なテイストで伝わってきます。
    そして、、同じく「自らの言葉を持たない」役者が和久井さん自身の世界を切り取り、際立たせ演劇の世界として組み上げることが、役者が演じるもの、もっと言えば戯曲と演じ手の関係や演劇を為すことに新たな視座を与えてくれる。
    ブックデザインと演劇の「表現すること」が重なり、
    複眼的に、装丁を施すことと演じることの創意のありようを浮かび上がらせ、映えさせ、観る側に伝えていくのです。

    終わりに再び掌編が演劇の創意とともにいくつか舞台に編まれる。
    女優が紡ぎたすその刹那には
    冒頭とは異なる、新たなベクトルが加わった印象が生まれていていて。
    また、終演後、再び展示されている本を手に取ると、
    よしんばかつて読んだ作品であっても、小説やエッセイのコンテンツだけではない、本の肌触りやそのデザインが新たに語りかけるものがあって。

    そのどちらの感覚にも、深く心を惹かれたことでした。

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