居場所・ドラマの基礎と応用(2プログラム) 公演情報 居場所・ドラマの基礎と応用(2プログラム)」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.7
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    鑑賞日2026/05/22 (金) 15:00

    中野成樹+フランケンズ演劇作品集『居場所・ドラマの基礎と応用』Bプログラム

    前半「ランダム2」
    綾門優季『応答、あるいは浴槽』
    小島淳之介『老人の家』(『Tong Poo』より)
    齊藤文也『種』
    関口洋平『距離』
    『weka(ウェカ)』(『距離』toki pona語訳)田代さつき『改札ディスティニー』はぎわら水雨子『みんなで寝てみる、できるだけ快適なかっこうで』
    波田野淳紘『手遅れ』
    中野成樹『C定食』
    『なっとうご飯』
    後半
    『シャア・アズナブル(架空の人物)』(2021年) 原作 テネシー ウィリアムズ『しらみとり夫人』(1944年)より 誤意訳 中野成樹
    『寝る寝る寝るね』(2026年) 原作 テネシー ウィリアムズ『バーサよりよろしく』(1961年)より 誤意訳 中野成樹

    を拝見しました。テネシー ウィリアムズの短編、「しらみとり夫人」、「バーサよりよろしく」は 1ヶ月少し前に、「居場所・ドラマの基礎と応用」の 関連企画としての読書会「T. ウィリアムズを読む」で両短編のリーディングを拝聴していたのですが、が、両作ともほぼ原型を留めておらず、そう言えばリーディングを聴いていたなと途中で思い出した次第 笑。誤意訳たる所以なのだろう 笑。
    『シャア・アズナブル(架空の人物)』で、そう言えば原型のリーディングを聴いたはずだけどと思っていて、いや違う、その事実と「しらみとり夫人」の内容を思い出させてくれたのは「ゴキブリ」と言う単語だった 笑。それまでまったく思い出して/気付か、なかった。

    なるほど、フレームと言うか、構造というのか、前提のベースというか、そこは受け継いでいるなと。『寝る寝る寝るね』に至っては、導眠剤だ!なるほど酒に眠り薬を混ぜるってあったなのみ 笑。でも、超絶面白かった。
    短編は、どれがどの作品名の上演か、短いこともあって判らん! あとで戯曲を読んでおきます。原作からあの上演作品を創り出す中野成樹さんはおかし過ぎる 笑。どんな頭をしているのだろうと思う 笑。演者の皆さんも良かった。
    小泉まきさんのセーラームーン、説得力の塊でした!

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    久々二度目のフランケンズは超短編と中編の組合せ2パターンの公演、Aプログラムに秋元松代の処女作「軽塵」があるのを見て速攻予約した(二、三日前の事。公演後半には完売間に合って良かった)。
    1分の戯曲?を募集し(一、二個身内が提供したのも合わせて)約十編の芝居をやるというユニークな試みで、後半は本域芝居の「軽塵」が始まる。素舞台にユニフォーム的な衣裳、見慣れるのに稍々時間を要したが、リーディングとリアル芝居との中間あたりの感覚である。
    演劇的「実験」要素のフランケンズへの先入観に比して「普通に演劇」という初観劇での印象は今回も同じく。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    ナカフラによる演劇作品集。様々な短編〜中編を複数集め、2プログラムにパッケージされている。近年のナカフラ公演によく見られる形式で、僕の中では音楽ライブの「セットリスト」のように捉えています。多彩なレパートリーと多様な活動経験を誇るナカフラならではのスタイルと言えるかも。

    今回は、公募した「1分間の戯曲」で構成された『ランダム1・2』や、1947年に執筆された秋元松代のデビュー作『軽塵』、ナカフラの代名詞とも言える「誤意訳」としてテネシー・ウィリアムズの短編2作が上演された。

    ネタバレBOX

    2プログラムを観劇して思うのは、テーマの「居場所」が全体隅々まで行き届いているなぁ……という実感でした。テネシー・ウィリアムズの短編がこのテーマに直結するのは勿論のこと、秋元松代の『軽塵』も、公募を経て採用された1分間戯曲も、このテーマの上に立っている、と強く感じます。1分間戯曲は「その断片をお楽しみください」とアナウンスされ、前後の物語から独立し、自立した戯曲として、まさに「居場所を求めて彷徨い、ここに辿り着いた」物語のように思えた。

    『ランダム』は、形式的にはショートコントのような形になるが、笑いの要素は薄め、あるいは抑えめで、余韻が長めに残るストーリーに感じられた。『軽塵』は、強い問題意識を持って執筆されたことがよく伝わる、論理的かつ俯瞰視のしっかりした戯曲。1947年なので、まだ戦後の混乱期と言える時代に、戦争をモチーフにしつつ、私たちはどう生きるか? どう暮らしていくべきか? という自立や自尊について言及していることに驚いた。テネシー・ウィリアムズ原作の2本は、どちらも現代の設定。現代的なリアルと、そのねじれのような歪みが混ざり合う、複雑かつ、私たちがいま直面している「現在」を観ているよう。2作とも、キレッキレの台詞、極上の見立て表現、現代的キャッチーさ、的確な演技体が混在する、至福のナカフラ体験。

    ナカフラ公演として新鮮に感じたのは、2プログラムとも終盤を締めくくった身体表現。ダンスで締めるナカフラは、おそらく初めて観たかも。元々「語らないシーン」で魅せることに長けた団体なので、作風との相性は良いと思います。振付は Von・no ズ。

    「居場所」というテーマは、社会問題のひとつではあるし、積極的に取り上げるべきものだと思います。けれども、小劇場作品では、意外にも上演例が少ないかも…と、今回改めて感じました。(←あくまで僕の経験上の感想です)。そんな中、ナカフラは過去公演を含めて、居場所をテーマにした上演が多いように感じます。『軽塵』が執筆された時代から現代まで、あるいは日本のみにとどまらず、人間が生まれ、育ち、生き続ける環境において、居場所は大きなテーマなのだと改めて考えました。

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