京王 公演情報 京王」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.7
1-3件 / 3件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    かつて投資情報商材マルチに手を染めていた、リリーとブラックのカップルの会話劇から浮かび上がる「宗教二世問題」。

    ネタバレBOX

    5年の同棲生活の間に二人に起きた変化が、越してきた日と家を出る日の会話のみで生々しく立ち上げられていました。単なる「関係の経年劣化」ではなく「5年かけても分かり合えなかった」という絶望や痛みが滲んでいて、私はそのことに強く惹かれました。
    二人は、窓からスカイツリーがギリギリ見える(京王沿線の)マンションに暮らしており、越してきた日に「スカイツリーが見える」とはしゃいだリリーが、去る時に「スカイツリーからこの家は見えなかった」といった旨のセリフを言う。それは互いの、もっと言うならば他者との分かり合えなさや見えている景色の違いをざらざらと伝える一言で、劇全体に大きな効果をもたらしていました。同時に、ややセリフ(≒俳優)に託され過ぎている面もあり、照明などをもう少し活用して心象風景をより効果的に立ち上げることもできたかも、という感触も残りました。おそらくあのシーンは文字で読んだ時にも相応の体感に導かれると思うので、上演でその体感をどう増幅できるか、シーンの強度を上げられるか、その可能性を見てみたかったのだと思います。

    本作にはリリーとブラックの他に、ブラックの後輩・へドウィグが出てきます。
    外からの来訪者によって、内向きな会話や物語にうねりが生じる、というのはよくある展開ですが、本作はその手法は取らず、ブラック不在の中でリリーとヘドウィグは真新しく会話を重ねます。その会話にブラックとリリーの関係やリリーが抱える宗教二世の問題がまぶされていく様が興味深かったです。3人を描くことよりも、2人を2パターン描くことに注力することで、それぞれの人物造形を具に、露わにしていく。それは自己と他者、その分かり合えなさ、そして分かり合いたさを描いた本作において非常に意味のあることだと感じました。

    シリアスな題材ながら絶妙な間合いやリアクションで観客を笑わせたり、俳優も三者三様に見事でした(CoRich舞台芸術まつり!の審査においても、演技賞の議論では出演者3名の名前が挙げられました)。
    リリーとブラックがパチパチわたあめを口にして、パチパチ音の余韻を残しながら会話をするシーンは極めて斬新。演劇を観続けてきて良かった。そう思うのは、こうした想像しなかった演出に立ち会った時でもあるのかもしれません。
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2026/05/08 (金) 15:00

    価格3,500円

    アイホール(兵庫・伊丹)のショーケースで観て、テーマや設定、演出、演技、うまいなぁもう一回観たいと思ってタイミングがあってSCOOL(東京・三鷹)へ

    空間が全然違うので、細かい演出の変化が面白かった。
    観た順も遠景から発泡するお菓子の音が聞こえる目の前の距離という順でよかったと思ってます。
    また別の作品もとても観たくなった。

    3人の会話にはそれぞれの人物の背景がうっすら漂っていて、その場だけの会話でないことがしっかりできている脚本と演技で、小さい中でも見応えあった。
    今後も観ていきたい。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「三角関係から浮かび上がる社会問題」

    ネタバレBOX

     反社会的な行為に手を染めていた人々の日常を、淡々とコミカルに描いた異色の会話劇である。

     遠くにスカイツリーが見えるアパートで、リリー(7A)とブラック(織内傑作)のカップルが同棲を始める。大学時代、二人は投資情報商材マルチ「ホグワーツ」に属しており、学生相手に高額なUSBを売りさばいて儲けていた。「リリー」と「ブラック」は仲間内の通称であることがここでわかる。そしてリリーは親が新興宗教に加入していたいわゆる「宗教二世」であった。そんな彼女をブラックは受け入れたつもりでいたのだが、程なくして二人の仲は険悪になってしまう。

     時は経ち5年後、倦怠期を迎えリリーの引っ越す日に、かつてホグワーツでブラックがかわいがっていた後輩ヘドウィグ(木村建太)が、ブラックの不在時に手伝いにやってくる。言葉少なだがかたくなな彼に根負けしたリリーは荷物の移動を頼む。じょじょに打ち解ける二人は、昔話やリリーのこれからのことなど淡々と話題を紡いでいく。帰ってきたブラックは二人の様子に訝しげな目を向けて……

     男女の三角関係を描いた作品は数あれど、そこにマルチ商法に手を染めていた過去や宗教二世の話題を絡めたのが本作の大きな特徴である。社会問題を声高に糾弾するわけではなく、コミカルなメロドラマから浮かび上がらせた点が面白い。上演台本には登場人物や作劇の背景が詳細に描きこまれていて興味をそそられたが、劇中で言及されなかった要素が多々あったことが伺われる。タイトルが、リリーとブラックが暮らした部屋が京王線沿線にあることに由来することも台本を読み初めて知った。もう少し長尺で、この三人の会話や題材の掘り下げを観たかった。

     作劇の面白さを立体化した俳優のイキのあった芝居も見事である。三者ともそれぞれ見どころはあったが、特にヘドウィグを演じた木村建太のボソボソした喋りと挙動不審に観客は大いに湧いた。なかでも7A演じるリリーと二人で音を立てながらラムネ菓子を口にしたときの間の詰め方が秀逸であった。

     会話のニュアンスの変化に合わせた照明は作品に陰影を与え奥ゆかしいが、時間経過をうまく伝えることができていたかは疑問が残る。無音のままの進行であるため、終幕直前で「七つの子」が流れたときの修羅場の雰囲気の緩みは、そのまま客席に流れてほどよく緊張がほぐれた。作劇と俳優の芝居に全幅の信頼を置いているスタッフワークには好感を持った。

このページのQRコードです。

拡大