きっとあの光はロマンスとの遭遇 公演情報 きっとあの光はロマンスとの遭遇」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2026/02/20 (金) 14:00

    20日(金)マチネ鑑賞。折り込みに懐かしい名前が沢山。会場は比較的若い層(20代多め)。大きな感想としては、派手さ(尖り)がなくあたたかい脚本の展開。荒さはあるが、丁寧に積み上げている感あり。これからに期待。

    ネタバレBOX

    基本的にはオーソドックス。物語の表向きのフックは「宇宙人が地球に留学してくる」というSF的な設定だが、その本質は私たちが日常で直面する「他者性(Alien)」と、人が大人になる過程での「不可逆な喪失」を描き出した人間ドラマだった。

    特筆すべきは、地球人たちが「相手が宇宙人であることに気づいていない」という前提と、留学を終えて帰還する際、「地球人たちの記憶から宇宙人と過ごした日々が完全に消滅してしまう」という残酷なルールだ。高校から社会人へというアイデンティティが揺らぐ時期を共に過ごした戦友の記憶が失われ、後には理由のわからないさびしさ(ノスタルジー)だけが残る。本作は、この決して埋まることのない欠落感そのものを「ロマンス」と美しく定義づけている。

    劇中では3つのグループの人間模様が並行して描かれ、「Alien=他者」という概念のグラデーションが浮き彫りになっていく。

    1組目は、地球人2人と宇宙人1人によるシスターフッドだ。地球人側は相手を宇宙人と知らず、純粋な友愛を築いている。しかし別れと共に、その生き生きとした日々の記憶は地球人側から完全に消滅する。見返りも未来への約束もない、純粋な「現在」の肯定。記憶が消えることで残る幻肢痛のようなさびしさこそが、ここでは究極のロマンスとして機能している。

    2組目は、同じバイト先で働く地球人3人のブラザーフッド。このグループに本物の宇宙人はいないが、その中の1人が強い疎外感を抱え、自らを「宇宙人」と定義づけたがる。周囲と上手くコミュニケーションが取れない痛みを、自分が他者(Alien)だからだとラベリングする姿は、現代社会におけるリアルな孤独とその防衛線を表している。

    そして3組目は、6年間の交際と結婚を経て破綻し、離婚に至った元夫婦だ。彼らは最も親密な時間を長く共有した関係である。しかし、どれだけ時間をかけて物理的に近づいても、根本的な部分では「相手は別の生き物(Alien)である」という相互理解の限界に直面してしまう。記憶が消える1組目とは対照的に、蓄積された記憶があるからこそ破綻してしまう残酷さがそこにはある。

    記憶が消滅する純粋な関係、自らを他者と定義する孤独、そして蓄積した記憶ゆえに破綻する関係。これら3つのレイヤーが交差することで、本作は単なる異文化交流の物語を完全に脱却している。私たちが大人になる過程で必ず経験するディスコミュニケーションの痛みや、二度と戻らないモラトリアムの輝き。たとえ最後には消えてしまったり破綻してしまったりする関係であっても、共に過ごし、他者と何かを分かち合おうと試みたその時間そのものが尊いのだという、人間の営みに対する深い肯定と賛歌に満ちた舞台だった。

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