組曲虐殺 公演情報 組曲虐殺」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.8
1-4件 / 4件中
  • 満足度★★★★★

    とても楽しくて、とても悲しい
    小林多喜二が主人公の物語。
    『組曲虐殺』という恐ろしいタイトル。


    あて書きで書かれたという初演と同じメンバーで行われる、奇跡のような再演に出会えて感動。

    ネタバレBOX

    音楽劇ということだけではなく、人と人とが組み合わさり、小林多喜二という人の曲を奏で、組曲となっていく。
    そこでは、多喜二を監視し、捉え、尋問した特高の2人さえも大切な1つの曲である。

    だから彼らへの視線も優しい。

    小林多喜二の生き方は純粋で真っ直ぐだ。
    「代用パンを買うお金をくすねている者がいる」ということだけ。
    「絶望するにはいい人が多すぎる」なんて台詞が似合う。
    監視する特高の2人も、次第に多喜二に感化されていくほど。

    「あとに続く者がいる」ことを信じて、真っ直ぐ歩む小林多喜二の姿を、井上ひさしさんが音楽劇として見事に描いた。
    拓銀時代を思い切って省いたことで、シンプルに多喜二が浮かび上がってきた。
    これを観たあとでは、小林多喜二像が大きく変わりそう。

    小林多喜二を演じた井上芳雄さんがいい。歌もとてもいい。
    そして、現実の世界をつなぐ、姉役の高畑淳子さんもいい。特高の2人もいいし、とにかくみんないいのだ。
    作曲した小曽根真さんのピアノの生演奏もいい。ピアノだけというのがいい感じなのだ。

    小曽根真さんの曲は、井上さんの言葉をうまく伝えてくれる。
    「カタカタまわる 胸の映写機」の歌が染みる。
    井上芳雄さんの歌い方がもの凄く良く、本当に染みる。
    誰の胸の中にも忘れ得ぬ場面(シーン)があるのだ。

    それにつけても、『組曲虐殺』とは恐ろしいタイトルだ。
    そして、フライヤーがとてもいい。
    登場人物全員が笑顔で押しくらまんじゅうをしている写真。
    そして、小林多喜二がどんな拷問を受けて、どんな死体になって戻ってきたのかが淡々と文章で綴られている。
    これはもの凄く辛い。
    そして、このフライヤーが、この作品を見事に表しているのだ。
    すなわち、「とても楽しくて、とても悲しい」物語であることを。

    劇場のロビーでは、「代用パン」と称した高級(笑)アンパンが売られていたが、本当の代用パンを食べたかったな。結局これも買ったけど。美味しかった。
  • 満足度★★★

    高畑さんすごかった
    やっぱり私は栗山さんの演出が好きなんだなぁ、と。音楽も素敵だし、高畑さんを舞台で初めて見たけど、素晴らしかった。井上芳雄さんも安定していて・・・。

    ネタバレBOX

    それだけに、石原さんの演技に違和感を感じた。彼女が話す度になんだか空気感を壊されるような気持ちになった、というのが正直なところ。。。
  • 満足度★★★★

    上出来の部類
    タイトルが素材の持つ凄惨さを印象づけるのとうらはらに、軽やかで、明るく、笑いと涙に彩られた歌劇でありました。
    面白かった。
    そして、感動しました。

    ネタバレBOX

    小曽根真は素晴らしい仕事をしました。場面転換時の演奏は全て即興とは驚かされるし、役者との絡みでの楽しい裏話が、アフタートークショーで聞けました。 井上ひさしの台詞はそれ自体リズムがあるから、曲をつけるのも難しいように思えます。ジャズメンの感性と技術が活きたのでしょう。

    井上芳雄以外、唄は素人の筈ですが、全く気になりませんでした。雑音は感じなかったですね。
    好演揃いです。例を挙げたくても、枚挙に暇がありません。

    栗山民也の演出は的確な折り目正しさ、静かな優しさを貫いていたと思います。
    けれども、評価に迷う部分も少なからずありました。
    特にエピローグ。
    スクリーンに映し出される井上芳雄つまり小林多喜二のポートレートを囲んで、『胸の映写機』を五人が唄うエンディングは感動的です。けれども、6人の俳優全員が合唱するという作者のト書きも、僕は捨てがたい。正解は、やはり、ホンのなかにある気がするのですが。

    小林多喜二と特高警察との追跡劇を宥和的大団円に導く作劇は議論の分かれるところでしょう。
    憎しみの連鎖を絶ちきるアウフヘーベン、というのが僕の解釈です。
    『ムサシ』と同じです。
    それが晩年の作者の切実な心情だったのだと。どうしても伝えておきたかったこと、(おそらく)特に若者たちに、弱い者イジメの構図で成り立っている国の歪み、この不正と向かい合うことは、あなた方ひとりひとりの尊厳と未来への希望の問題なのだというメッセージ。

    立派なのは、居丈高な社会派告発劇のコドモっぽさからは隔絶した複眼的表現の深味です。
    例えば、刑事たちのデュエット『パブロフの犬』が衝いてるのは、暴力装置の恐怖といった次元にとどまらず、安易に自己放棄する人間ほど当面の職業的義務の達成にはしゃかりきになってのめりこむ、あの日本人独特の不気味さです。それがこの二人の人間臭さとしてユーモラスでもあるのだけれども、ただの博愛で、彼らが人間らしく描かれているわけではないと思うのです。

    最晩年になって、作者は父が特高警察の拷問による傷害がもとで病に罹り死に至った事実を明かしました。
    多喜二に父を、多喜二の理解者であった3人の女性たちに母を、作者が重ね見ていたことは明らかだと思います。この作品の結末は両親への涙の祈りでもあったのだと。
    もしかして、これが最後になる予感があったのかも知れません。偶然だとしても、よほど運命的な暗合だとしか思えない。あるいはやはり、覚悟の遺言だったのでしょうか。

    察するとあらためての悲哀を感じます。
  • 満足度★★★

    優しさの中に込められたメッセージ
    プロレタリア文学で知られる小林多喜二の晩年を描いた作品で、物騒なタイトルのイメージとは異なり、歌やコミカルなシーンが沢山盛り込まれていて楽しめながら、最後は重いメッセージが心に残りました。

    資本主義・官僚主義を文学の力で批判する小林多喜二と、多喜二の姉、許嫁、後に妻になる協力者の3人の女性と、多喜二を見張る警察官2人による駆け引きが描かれ、シリアスになったかと思いきやドタバタになったりとスリリングな展開が魅力的でした。
    2人の警察官は立場上は敵であるものの、多喜二のことをただ憎んでいる訳ではなく、共感しているところもあるという描き方に作者の優しさが感じられて良かったです。
    登場人物それぞれの性格が伝わってくる情感溢れる演技が良かったです。神野三鈴さんの多彩な演技が印象に残りました。

    視覚的な演出については意図が掴めず、もどかしく思いました。
    6人の登場人物を象徴しているものと思われる、床に立てられた6本の細いポール状のオブジェが有効に使われていなくてもったいなく思いました。
    映像が何度か使われていましたが、あまり効果が感じられず、特に最後の映像の演出は蛇足に感じられ、興醒めしてしまいました。

    音楽は小曽根真さんのピアノ生演奏で、役者と息を合わせて弾いていて、存在感がありながらも抑制が利いていて素晴らしかったです。

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