see/saw 公演情報 see/saw」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.8
1-6件 / 6件中
  • 満足度★★★★★

    今観る意味
    どうしても観に行きたくて、立ち見で見ました。
    いやぁ見る価値があったと思います。こんなに感動するとは思いませんでした。四人のダンサーの部分の動とアンサンブルのダンサーが入っての動、そして静、この部分が何を物語るのか?記憶とは?少しだけ死者行列の様に見えてしまい身体の震えを止めることが出来なかった。
    素晴らしい作品でした。

    勉強になりました。ありがとうございます。

  • 満足度★★★★★

    初日と楽日に観劇
    上演時間約80分。あらゆる感情....特に哀しみ・痛みがダイレクトに胸を締め付ける...正直心が震えた。キツい。整理できない。観て良かったと心底思う作品。

    初日と最終日に観劇したが、個人的には初日の生の手探り感が好きだった。

    楽日に観た時は、映像が多くなったり、エキストラの頻度が増していた。

    葬列。生花。
    楽日は、枯れた花と大量のゴミ。

    ネタバレBOX

    インタラクティブアートを想起させるセンスの良い映像が投影される中メインダンサー4人が踊りでハーモーニを奏でる。だが決してダンスには適してない石の床に肉の音が良く響き、痛みが音になって空間を支配する。

    どんどん死・痛みがダンサーと共に具象化する。終盤ダンサー達は記憶・想い出を突き放し逃れようとするが、元の場所に戻ってきてしまう。センスの良い舞台美術衣装映像照明音に包まれ、襲ってくる生の感情が拳になって、無防備な心を殴り付ける。
  • 満足度★★★★★

    素晴らしい
    非常に刺激的。直接観客の心に突き刺さってくる。矢内原美邦のダンス作品。

  • 満足度★★★★★

    慟哭を聞き、無念さに思いを馳せ、泣きそうになった
    あまりにも、ストレートすぎなのだが。

    映像と音(音楽)で、ダンサーたちの感情と形を増幅させ、会場全体をダンスで埋め尽くした


    『see/saw』を中心に、off-Nibrollとしての一人芝居、さらにインスタレーション作品の展示で、ヨコハマ創造都市センター全館を使っての公演である。

    ネタバレBOX

    オープニングから圧倒された。
    輪が束になって天に上がっていきつつ、その中、一番下のところでで踊るダンサー。

    輪が泡にしか見えず、ダンサーの動きは、自分の吐く泡の中でもがく姿に見えてくる。
    美しくもがく姿というのがインモラル。
    耳鳴りのような電子音が会場を回る。それはまるで耳に水が入ったような感覚の音だ。

    そして、生命が弾けるような光の直線、束。

    人の喪失、過去と記憶が美しく交錯する。
    活き活きとしている「白」のダンサーたちが激しく踊るのだが、冒頭のダンスがあったので、「死」の影がどこまでもつきまとう。
    さらに、それを「黒」いダンサーたちが覆っていく。破れた衣装と、身体のどこかにバンドエイドを貼ってある黒いダンサーたちのストレートな表現。
    嘆き、叫び、慟哭が会場を暴力的に覆っていく。
    もの凄い「音」。五感に響く。

    この「痛さ」「悲痛」さは何であろうか。
    ほんの1年と少し前の記憶が蘇る。
    黒い波が、真っ黒い波が、街を人を生活を飲み込んでいく様子だ。
    何度も何度もテレビやネットで繰り返し見た、あの状況だ。

    呆然として立ち尽くす人々と、モニターのこっち側で、やはり同じように呆然として見ている自分がいた。その距離は大きく違うのだが、このときに自分の中で起こっていた「気持ち」は、この「慟哭」「叫び」「嘆き」であったことに気づかされる。
    折しも、この舞台を観た日は、11日。

    ここから「白」は消え、「黒」の世界になっていく。
    ストレートな映像が周囲を走り、ダンサーたちは翻弄される。
    もがく、必死にもがく。

    人が人を押すように動き回る。押しているのは「人」であったり「物」であったりであろう。
    他人に手を伸ばす人もいる。椅子に自分の逃げ場を見つけ一安心している人もいる。
    しかし、結局は流れの中へ。

    ばらまかれる葬式の花が、「花」からゴミになっていく。「過去」「記憶」になっていく人々。
    本当に辛い状況が延々と続く。

    「不快」にさせる、金属の蓋のようなものを床に叩き付ける音がいつまでも響く。
    しかし、辛さも不快さも痛さも繰り返されることで「マヒ」してしまう。
    それが恐怖でもある。

    タイトルにある『see/saw』は、もちろん「過去」との関係であるが、それを遊具のシーソーにして舞台の中央に置いていた。
    シーソーは、どちらかが下がればもう一方が上がる。どちらか両方が下がったり上がったりすることはない。舞台の上のシーソーは、必ず向かって左側が下がるようにできており、右に誰かが乗らない限り右は下がらない。これはもの凄く暗示的ではないだろうか。
    白と黒のダンサーたち、彼岸とこちら側、シーソーの上下。助かる、助からない…。

    最後に、さてこれからソロのダンスが始まると思った矢先に、ダンサーへバケツで水が浴びせかけられる。これには「ある日突然断ち切られてしまう」ことを強く感じた。その悲痛さ、無念さをだ。それでも踊り続ける。

    最後まで観て思ったのは、ちょっとした芽はあるものの、叫び、慟哭、嘆き、無念、悲痛の中にも、勇気とか愛とか、そんな「記憶」も入れてほしかったということだ。

    ダンサーたちはもの凄くよかった。
    特にメインの4名。その中でも最初に踊った小山衣美さん(だと思う)の、キレの良さ繊細さは素晴らしいと思った。また、福島彩子さん(だと思う)もダイナミックさが印象的だった。

    Nibrollは、ミクニヤナイハラプロジェクトでもそうだが、映像と音楽が素晴らしい。
    今回も、映像(高橋啓祐さん)と音(音楽)(スカンクさん)で、ダンサーの感情と形を増幅させ、会場全体をダンサーたちで埋め尽くしていた。

    ヨコハマ創造都市センターという石造りの会場を見事に使い切っていた。
    音が響きすぎる会場なのに、「音(音楽)」ではそれをうまく使っていたし、「映像」は、三角系で天井の高い形状や柱に意味を与えていたように感じた。
    映像と音は、ダンスよりもさらにストレートなのだが、映像では実写の色調に、音楽では人を突き飛ばすシーンで、リリカルさを感じた。キツイシーンをリリカルにすることで響くものがあるのだ。

    この公演の前には、off-Nibroll の公演として、一人芝居『家は南に傾き、太陽に向かって最も北から遠い』が行われたのだが、こちらも「記憶」がテーマとなっていた。
    『see/saw』を観てから、その公演を振り返ると、「家」「家族」「生活」「記憶」ということが、さらに切なくなってつながっていく。
    インスタレーション作品の中での一人芝居なのだが、小さな「家」がずらっと並んでいる作品であり、『see/saw』での「白」と「黒」の関係、つまり、一人芝居では「夜」だったものが、黒い「不安」(一人芝居でも「不安」はキーワードだったと思うのだが)、もっと言えば、「津波」にも思えてしまうのだ。
  • 満足度★★★★★

    スッゲー
    Nibroll史上最高作品といっても良いのではないかな。

  • 満足度★★★★

    ブラボー
    ダンス系舞台は数回しか観た事が無いのですが、大変素晴らしくあっという間でした。
    躍動するダンサーの身体に、美術、照明、映像、音声が有機的に絡み合い、生と死が情熱的に、静謐に提示されて行きました。
    会場は石造りで、音の響きや振動が心地よい空間、それを最大限に生かす演出が冴え渡っています。
    横浜の舞台芸術は、若手の台頭が素晴らしい状況です。
    少し足を伸ばして、是非観にいらして下さい。

    余談ですが、インスタレーションと一人芝居のコラボ、ワークインプログレスという事でしたが、こちらも本公演が非常に楽しみな仕上がり具合です。

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