母 公演情報 」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
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  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    以前手にしたチャペック戯曲集の中に存在感ある作品として収められているのを見(読もうとはしたが読了したか不明)、その後オフィス・コットーネが増子倭文江を母役に配して上演。抉られた。
    今回異文化に触れたい衝動で(A席のお値段に腹を括り)直前に劇場に赴きキャンセル席をゲット。最後列に収まった。記憶を手掛かりに字幕上演を辛うじて乗り切り(字幕を見ながらの観劇には後方席は悪くなかった)、終演時は痛くなる程拍手をしていた。
    不眠のため一幕後半は秒単位での寝落ちに幾度も見舞われたが、俳優の声と身体はしっかり感知でき、文字読解の脳を駆使できた事(速くて読めない行もあったが広田篤郎の翻訳が恐らく良かった)、記憶の補助により付いて行けたのは幸いだった。
    (予習は必須だったかも知れない。)
    脚本をかなり刈り込んだ印象。コットーネ版は凡そ2時間との事だが今舞台は休憩20分含め1時間55分。
    開幕時、母は軍人だった夫トマーシュを十数年前に失っており、5人の息子の長男オンドラも、医師として外地で亡くなっている。次男のイジーはセスナ乗りに明け暮れ、双子のコルネルとペトルは絶えず戦争もどきの喧嘩で張り合い、部屋を荒らして母の癇癪が飛ぶ。末っ子のトニだけは母の意に適い、他の兄弟が争うのを見て泣き、本に親しみ詩を書く文学青年。やがてイジーが飛行機事故で爆死。双子の兄弟も内戦の対立する陣営に加わり、いずれも死を遂げる。次男と三男四男の死までが一気呵成に進み、一幕が終る。
    この作品では父の遺品が飾られる部屋が、ある特徴を担わされている。英雄然とした父の遺影、銃や剣といった「男心をくすぐる」アイテムもあり、息子らはこの部屋に入って遊びたがるのだが、母はそれを忌み嫌い、父が死後もなお息子らを悪しき道に導いていると恨みをこぼしている。母はこの部屋で夫と会話し、長男とも話す。原作では母がこの部屋に入る時間と他の空間の時間は当然区別されているが、この舞台では両者が地続きのような演出で、時短で目まぐるしく進めていたようであった。

    二幕、外国の侵攻を受けたとの衝撃的ニュースがテレビから流れている。若く色の白い美しい女性が悲壮な表情でそれを伝え、トニがそれを見ている。母はトニの心境を問い質し、懸念を口にする。男たちよ立ち上がろうと呼びかけるアナウンサーに「母親じゃないから分からないのだ」と毒づく。だがトニは学校で友人たちが兵隊に志願すると言ってる、自分も志願したい、と言う。母はトニが如何に「そういう人間ではなかったか」過去の断片を一つ一つ挙げて思いとどまらせようとし、地下室に入るよう強く勧めるが、トニは「それとこれは違う」と答える。しかし母のあまりの剣幕に思い直し、母の「愛」を失うことを畏れ一旦は地下へと降りる。
    そこから、死んだ息子らと父による「作戦会議」が始まる。「困ったことになった」「可哀そうなトニ」「可哀そうな母さん」・・ここはチェコの国民的作家チャペックの面目躍如、死んだ身空で国家の危機に「立ち上がろう」と気炎を上げるというコミカルなシーンなのだが、その彼らの動機の中に一抹の真実がかすめる。ここで敵国に負ければ(国を失えば)国に殉じた自分たちの犠牲が無に帰してしまう・・その一心から何かしないではいられない哀しい性を吐露しているのである。
    彼らの姿が見える母は彼らに反論し、自分は報国の義にでなく家族のために命を賭ける、トニに居なくなってほしくない理由は「自分が淋しいから」と高らかに言う。永久に理解し合えない事だ、とも。母の剣幕の間に、男らはいつしか居なくなっているが、そこへトニが出て来る。「何を喋っていたのか」と。そしてその時、テレビからさらなる苦境が伝えられる。若い兵士ら何百人が乗った潜水艦が爆破された。そして母が毛嫌いしていた女性アナウンサーの顔色が変わり、自分の息子がそれに乗っているとこぼし、カメラに背を向けて動かなくなる。右に映された男性メインキャスターが冷静に状況を伝える。艦から「沈没中」との連絡が入った。「私たちのために国歌の演奏を望む」・・そして、連絡が途絶えた事を伝えると、女性アナウンサーが崩れ落ち、(母としての)嗚咽がTV画面から漏れ出て来る。
    テレビが消され、母は置かれた銃を手にし、絶望にひしがれてトニに「行ってきなさい」と言う。何を思うのか読み取れない銃を捧げた息子の後ろ姿が、強烈な光の中へと消え、終幕。
    母が決意を固めるまでの暫くの間、テレビ画面はテロップに流れて行く悲報の文字を映し出す。つぶさに読み取れなかったが、いずれも子供の死亡数を伝え、イスラエルのガザ攻撃による死者カウントに見合う数である事から、私はそれを想起する。「何故子供たちを?」・・・母の中で、現状を黙って見過ごす訳には行かない思いが起きたのか、大義名分に抗う事は出来ないと観念したのか、いずれにせよ母の絶望がこの作品の結語である。本作は母役が要だが、チェコ人の生活文化を知らないながらも家族の中の母の息遣いが伝わっていた。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    鑑賞日2025/05/30 (金) 14:00

    110分。休憩20分を含む。(60-休20-30)

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