朧の森に棲む鬼 公演情報 朧の森に棲む鬼」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 4.0
1-1件 / 1件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    鑑賞日2025/02/16 (日) 16:30

    座席A-1階G列11番

    価格15,800円

    ライ:松本幸四郎
    サダミツ:尾上松也

     初演から17年。劇団☆新感線の代表作の一つと言ってもいい傑作を、まさかオール歌舞伎役者で再見できるとは思わなかった。
     歌舞伎と言われれば、一般観客で敷居が高いと感じる向きも少なくはないだろう。何たって、その演目の殆どが今や「古典」なのである。「旅の衣は鈴懸の〜」なんて言われても、いったい何のこっちゃってのが正直な反応だろう。
     しかし本作においてはその心配はほぼ皆無だ。舞台こそ、平安時代(っぽい、いつの頃かのどこかの島国の物語)ではあるが、台詞は基本現代語で、役者の所作も現代劇。ここぞという場面で見栄を切ることはあるが、芝居がかってはいても決して古臭く感じられることはない。
     いつもの新感線の舞台を観る感覚で観劇すればよいのだ。いつものズッコケオヤジギャグだってちゃんとあるしね。
     正直、新感線の役者たちもみな60代、すっかり年嵩になって、これまでのような飛んだり跳ねたりのアクションを3時間の舞台を通して演じるのはいささか厳しくなりつつある。再演にあたって、配役の新陳代謝、ほぼ全員の取っ替えは必要必然ではあっただろう。
     しかし、まさかその「全員」を歌舞伎役者で、という発想は、こちらには全く浮かばなかった。何となれば、新感線のリアル志向のアクションと、歌舞伎の様式としての立ち回りとでは、まるで目指すところが違っているからである。
     いやまあ、歌舞伎にだって、鏡獅子のような激しいアクションがありはする。ありはするけれども、まさか、野田秀樹の系列に連なる「全編走りまくり」のいのうえ歌舞伎に、歌舞伎役者たちがついていけるのか、って考えたら、やっぱり期待はできない、少なくとも不安は感じても仕方ないでしょうよ。
     誰とは言わんが、某歌舞伎役者が某時代劇で披露した殺陣がまあ、情けなくなるくらい形だけで迫力のない竹光芝居だったから(今回の舞台には出てない人です)。
     
     けれども松本幸四郎丈は違った。尾上松也丈も違った。
     不安を払拭するどころではない。舞台を縦横無尽に立ち回り、八面六臂の大活躍を魅せる、まさに鬼神のごとき憤怒の表情。幸四郎丈を未だに染五郎のイメージで見ている方は、もう考えを改めたほうがいい。名跡を得て、それに負けることなく、これが歌舞伎だ、これこそが舞台だと一挙手一投足をもって謳い上げている。
     歌舞伎はもともと大衆演劇である。一般大衆の教養が今よりも高かった昭和40年代頃までは、歌舞伎のテレビ中継がお茶の間の話題になることもごく普通のことだった。それがいったいいつの間に、イチゲンさんお断りみたいな気取った芸能になってしまったのか。
     いのうえ歌舞伎は、歌舞伎を再び大衆のものに回帰させようとしている。そう確信することができた舞台だった。そして幸四郎丈は歌舞伎のみならず、演劇界・映画界全体のスターとなって私たちの前に立ち現れた。今後も「歌舞伎NEXT」作品は新作をもって大向こうを沸かせてくれることになるだろうが、その中心に幸四郎丈がいることは間違いないと思う。

    ネタバレBOX







     『朧の森に棲む鬼』を一言で評価するなら、西欧のピカレスク・ロマンに、歌舞伎の色悪の系譜を融合させた、和洋折衷悪漢演劇と呼称するのが妥当だろう。主人公のライは、マクベスやリチャード3世をベースにしているが、その美丈夫としての佇まいは『四谷怪談』民谷伊右衛門にも通じている。
     正直なことを言えば、初演時の幸四郎丈は、まだまだ生意気盛りな若造だった。膨大な台詞をともかく懸命に口走ることが精一杯だった青二才だった。主役のライを演じるには、いささか早すぎたと言わざるを得なかったのだ。
     一介の武将から成り上がり、一国の王となる。その点を鑑みれば、モデルとなったキャラクターたち以上に権謀術数に長けた一筋縄ではいかない海千山千ぶりを見せねばならない。残念ながら幸四郎丈は、初演時はそこまでの深みを感じさせるには至らなかった。
     それが今回はどうだろう、群がる敵を薙ぎ倒す殺陣の凄惨さにも目を見張ったが、親友のキンタまで将棋の駒に使うような非道ぶり、悪を極めた男の持つ悪魔のオーラ、確かに幸四郎丈はそれを纏っていたのだ。
     ひときわ刮目させられたのはその眼光の鋭さである。自らが鬼と化すクライマックス、呵々大笑するその眼差しには確かに世界を、宇宙を睥睨する魔性の炎が宿っていた。中島かずきは熱心な永井豪・石川賢フリークだが、ライの造形には飛鳥了や来留間慎一らダークヒーローたちのイメージも強く加味されているように思える。鬼と化し、天を舞うライの姿に悪魔神サタンを、聖母マリアを喰らう魔獣の姿を重ねて見るのは、果たして穿ちすぎた解釈だろうか?
     もうね、なんというかね、物語が人間の現世をすっ飛ばして、鬼の世界にまで行っちゃうとね、すごいものを見た。それくらいしか言葉が出なくなっちゃうんだよ。

     今回の幸四郎丈の熱演、何かの主演男優賞にノミネートされてもおかしくないと思う。各演劇賞の審査員連中はこの舞台をちゃんと見てるかなあ。歌舞伎の亜流だって、決めつけて、見てないんじゃないかって気がする。
     古典化し、硬直化した従来の歌舞伎から一歩も二歩も未来に向かって進撃しようって舞台なんだよ、これを評価できなかったら何を評価するんだよって思うんだけれど。
     一つだけ注文を付けるなら、ライの相棒・キンタの扱いが「軽い」こと。モデルは坂田金時だよね? 芝居としてはコメディリリーフであり、物語を大転換させるトリックスターだ。ライの裏をかく明晰な智謀、これをもっと前面に押し出した演出がほしかった。
     更に言えばシキブにはマクベス夫人並みの悪女らしさが欲しかったような……おっと、注文つけ出したらキリがなくなるね。瑕瑾が多いと勘違いされてもいけないので、細かいキズは殆ど気にならなくなる怒涛の展開が観客を待ち受けてると言ってシメておこう。DVDが出たら買いだよ。

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