Hobson's Choice -ホブソンの婿選び- 公演情報 Hobson's Choice -ホブソンの婿選び-」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.5
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  • 満足度★★★

    仲代達矢には喜劇が似合う
    若い頃のキレはさすがに無くなった感じがあるが、酔いどれ親父を楽しく演じられていた。
    仲代達矢が「マジで!?」などという言葉を発するだけでも笑ってしまう。
    年齢層があまり広くないため、配役に無理が生じたり、演技力の差があるのはいつもながら残念。

  • 満足度★★★★

    仲代達矢の Hobson's Choice
     「仲代達矢役者生活60周年記念」というサブタイトルが付いている(パンフレットは仲代さんの写真集にもなっている)。デビューは1954(昭和29)年、黒澤明監督『七人の侍』の通りすがりの名もない浪人。わずか数秒のエキストラに過ぎなかった。
     それが国内外の数々の名画、名舞台に出演し、「世界の仲代達矢」にまでなったのだから、その記念作に何を選ぶかは演劇、映画界にとって注目の的であったと思われる。しかし、それが名匠デヴィッド・リーン監督による、ベルリン映画祭金熊賞受賞作とは言え、純然たる「喜劇」である『ホブスンの婿選び』であったことに驚いた向きも少なくはなかったのではないか。
     けれども、意外なほどに、と言っては失礼だが、仲代達矢はこれまで喜劇も多数、演じてきている。突っ込まれて「受け」た時、ボケる間が絶妙に巧い。今回も、飲んだくれの癇癪持ちのホブソン役を、「詰め物」もしているのだろうが、オリジナル版のチャールズ・ロートンよろしく、腹を揺らして楽しげに演じている。「モヤ」さんとあだ名されている通り、喜劇の場合の仲代さんは、どこか茫洋として、熱演しても熱演に見えない。生来の持ち味なのだが、今回もそれが発揮されて、舞台に「和み」を産んでいる。
     なるほど、記念作に『ホブソン』を選択したのはまさしく「Hobson's choice(=唯一の選択)」だったのだなと、納得させられたことだった。

    ネタバレBOX

     その昔、トーマス・ホブソンという配達夫がいて、副業で「馬貸し」もやっていた。飼い馬には、良馬もいれば駄馬もいたが、借りに来る連中は当然、良馬ばかりを借りたがる。そこでホブソンは、出口に近い馬から順番に貸し出すルールを作り、顧客の貧富に関わらず、これを押し通した。
     その故事から生まれた成語が「Hobson's choice(=選択の余地無し、究極の選択)」である。

     支配的な頑固親父と、結婚適齢期(多少過ぎ)の三人娘の葛藤、という筋立ての舞台で真っ先に思い浮かぶのは、ショラム・アレイハム作『屋根の上のバイオリン弾き』だろう。昨年観劇した『焼肉ドラゴン』もこのパターンを継承していたから、これはもうドラマの一つの定型パターンであると認識して構わないようだ。
     三人のうちの一人が「幸せになる」というのならば、このパターンは『シンデレラ』にまでルーツを遡ることができる。しかし、残念ながらあの前近代的メルヘンには「父親」が存在していない。これはあくまで近代文学における「父性と「母性」との対立の物語なのだ(父と娘という形は取っているが、娘が体現しているのは極めて本能的な母性である)。
     そしてそれは、父性が歴史の中で連綿と築きあげてきた「封建制」に対して、原初的な母性が反逆を翻す物語でもある。
     そう考えていくと、この物語のルーツは、改めてシェイクスピア『リア王』にあったのだと見なすことができそうである。それ以前にこのパターンが存在していたかどうか、非才の身ゆえ断言はできかねるが、恐らく明確な形式としては無かったのではないか。日本の須佐之男にも三人娘がいたが、特に父親に反逆した形跡はない。
     シェイクスピアが「近代文学」の祖であることの、これも一つの証明になるのではないか。観劇しながらそんなことをぼんやりと考えていた。

     物語は、長女マギー(渡辺梓)が、根性無しのヒョウロクダマである靴職人・ウィリー(松崎謙二)を立派な男に「調教」する“逆”『じゃじゃ馬馴らし』な展開もあるから、作者のハロルド・ブリッグハウスが、この物語をシェイクスピアのパロディとして書いたことは間違いないことだろう。
     『リア王』では父親も娘も結局は“共倒れ”してしまうが、フェミニストのブリッグハウスは、そんな「痛み分け」みたいな結末はよしとしない。「男が女に勝てるわけ無いじゃないの」とばかりに、ダメな男どもを翻弄するのである。
     ついでに言えば、主人公ホブソン(仲代達矢)の名前は、ヘンリー・ホレーシオと言う。いかにもシェイクスピアの作品から名前を借りてきました、というのが見え見えの、オアソビのネーミングだ。そして、仲代達矢が黒澤明監督『乱』で、“リア王”一文字秀虎を演じていたことを思えば、この配役が「二重のパロディ」を意味することにニヤリとされるファンも多かろう。

     ヘンリー・ホブソンは、昼間から「酔いどれ亭」で飲んだくれているような道楽親父だが、商売のホブソン靴店は、名職人のウィリーと、切り盛り上手のマギーのおかげで繁盛している。
     三人の娘たちはもう結婚させてもいい年頃で、実際、次女のアリス(松浦唯)と三女のヴィッキー(樋口泰子)にはそれぞれ恋人がいる。ところが女手が足りなくなるのと、持参金惜しさに、ヘンリーは娘たちの結婚を一切認めようとしない。一計を案じたマギーが取った手段が、ウィリーの調教と、店からの「独立」だった。
     ウィリーを「主人」に、新しく店を作ったところ、顧客はこぞってウィリーの店に鞍替え、ヘンリーはたちまちジリ貧に陥ってしまう。酒で健康が悪化し、さらに訴訟沙汰にまで巻き込まれて(もちろんマギーが影で糸を引いている)、にっちもさっちもいかなくなり、残された選択肢はたった一つしかない。マギーとウィリーに頭を下げて戻ってきてもらうことだけ、というのがタイトル通り「ホブソンの選択」だったという落ちである(この期に及んでもなんとか給金を値切ろうとけちくさく交渉する仲代達矢の演技がまた可笑しい)。

     シェイクスピアの『リア王』は、もちろん「選択を間違えた男の悲劇」である。最も自分に忠実な身内は誰なのか、人は往々にして見誤る。しかし父親の身をコーディリアが本気で心配していたのなら、もう少し巧く立ち回ったのではないか、という疑念を抱かないではいられない。彼女もまた、あまりにも自分の感情にストレートで愚かすぎるのだ(だからあの父にしてこの娘ありなのだが)。
     その点、マギーは実に巧く男どもを操ったと言える。頑固親父のヘンリーが「骨抜き」にされていく様子は観ていて実に小気味いい。仲代達矢が従順にこっくりと頷く仕草の「可愛らしさ」などは、『乱』を観た直後に見比べたなら、抱腹絶倒してしまうのではなかろうか。
     無名塾では中堅の、松崎謙二の「変貌」ぶりも目を見張る。軟弱な田舎者だったのが、一転して全ての問題を収拾する「男」となって再登場するのだが、そのウィリーも最後の最後で、やはりマギーの掌上にあったと分かる落ちは、「女性上位の時代」を礼賛したブリッグハウスの快哉だったと言えるだろう。まさしく「歴史は女で廻っている」のである。
     何だかんだで妹二人も体よく排除し、ホブソン家の財産はマギーが独り占めすることになる。つまり、「最後の勝利者」、実質的な主役は彼女であって、ヘンリーではないのだ。ヘンリーもウィリーも、マギーの「引き立て役」にすぎない。
     すなわち、“仲代達矢記念公演”でありながら、彼はマギー役の渡辺梓を「立てる」立場に廻ったことになる。仲代達矢ファンとしては寂しい限りだが、彼女はその期待に充分答えたと言えるだろう。凛として、ウィリーに「あなたは私の最高傑作よ」と言い放つマギーの姿は美しい。
     このシーンで「男どもめ、ざまを見ろ」と溜飲を下げた女性観客は、初演当時、それこそ星の数ほどいたのではないか。そして恐らくは今も、この日本でも。

     もともと無名塾は俳優養成を第一の目標に掲げ、受講料も一切取らず、一人前になったと判断されれば、独立をどんどん推奨してきた劇団である。だから中堅までは在籍者がいても、50代、60代のベテランは殆どいない。
     その中堅も、外部公演、テレビ、映画出演をどしどしこなしているから、勢い、定期公演は若手ばかりになることが多い。おかげで仲代達矢との演技力の差が歴然としてしまうというネックはあるのだが、今回は前述した通り、仲代さんが「引いた」立場の役柄であったために、そこまでの落差を感じずにすんだ。
     仲代ファンとしては、彼が出ずっぱりでないのはいささか寂しいのだが、引退を撤回し、なおも無名塾を続けていくのはなぜか、仲代さんが出した答えがこの立ち位置なのだろう。

     それでも「仲代達矢の“主演作”をこそ観たい」というファンの声は少なくないだろう。映画でも実はこの20年、仲代達矢の純粋な主演作は『春との旅』くらいしか見当たらないのである。
     そんな声に応えてか、次回公演は、仲代達矢個人の公演『授業 La LeÇon』(イヨネスコ作/丹野郁弓演出)と、無名塾公演『無明長夜 ~異説四谷怪談~』(松永尚三作/鐘下辰男演出)とに分かれる。これは、仲代達矢亡き後も無名塾が存続することに意義があるか否か、それを問うための二分割公演でもあるのだろう。
     残念ながら、今のところどちらも福岡公演の予定はない。『授業』は仲代劇堂のみの公演である。東京で観劇できる機会がある方はぜひご覧になっていただきたい。

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