公演情報
「ライオンキング【東京】」の観たい!クチコミ一覧
期待度♪♪♪♪♪
ディズニーだからこそ
劇団四季のライオンキング。
友人からおもしろかった!と言われてディズニーだからこそより一層興味を持ちました(´-`).。oO(
ぜひ観てみたいです。
期待度♪♪♪♪
初演から見に行ってます☆
初演、本当に初日から見に行ってます☆
坂元健児が「心配ないさ~♪」って歌うのも、濱田めぐみが「どこへ行けば~いいの~♪」と歌うのも、そして退団されただけならまだしも、小林アトムさんのように鬼籍に入られた方もいらっしゃって、あの素晴らしいメンバーでの作品をもう観る・聴くことはできないけれど、今でもライオンキングを愛してます。あれから毎年、「今年は2階席から見てみよう」「今回は3階席から頭の装置がどうなってるのかを確認してやる(笑)」と楽しみにしています。キャッツとライオンキングは、日本人に「ミュージカルの素晴らしさ」を種蒔いた作品だと今でも思ってます。
期待度♪♪♪♪
がんばれ!菅野花音ちゃん!
浅利慶太は,1933年3.16.生まれだ。戦後世代といえるだろう。新劇運動の,二世市川左団次の縁戚かもしれない。父親は,浅利鶴雄だ。彼は,小山内薫,土方与志,汐見洋,友田恭助,和田精と,築地小劇場の創立仲間だ。浅利は,戦時下で,子ども時代を過ごした。朝鮮戦争とかの頃,高校・大学に進む。姉について,演劇に引かれた。その姉は,前進座に進むと1954年自殺している。
劇団四季は,1953年,慶応の同窓会・劇団七曜会で,日下武史,藤野節子,水島弘,井関一,吉井澄雄と結成する。加藤道夫,芥川比呂志の影響にあった。フランス演劇系といえる。仏古典的悲劇を念頭におき,ジロドゥを読む,反抗をテーマに,アヌイに引かれる。当時の浅利は,過去の反ナチ戯曲,反軍国主義より,反米のテーマが切実だった。
1961年,石原慎太郎の紹介で,東急電鉄・五島昇の日本生命会館U(日生劇場)の運営に浅利は参加することになる。浅利は,この時期,財界に広範囲に人脈を築く。1975年,応援した石原慎太郎は,都知事にはなれなかった。四季は,JRと緊密な関係を築き,1997年に,四季劇場「春」「秋」を開場。2002年には,「海」を開場する。
ミュージカル『ライオン・キング』は,家父長制度の危機をめぐる物語。問題点は,『ハムレット』と共有しています。なんで長男だけ,家を継ぐのでしょうか?舞台版『ライオン・キング』は,舞台回し「ラフィキ」が幕を開けます。
ライオンの世界では,メスが狩りをする。雄ライオンは,多くのメスライオンにかしずかれて生活しています。未来の王と王妃となる,シンバとナラ。王になりたい欲望,結婚・出産の欲望,さらに,教育係のザズという忠実な臣下。
家父長制度は,父親から長男へと,権力や財産・名声を移譲します。母親には,貞節を期待し,長男以外は無視し,男性中心の社会を守ります。そこでは,子どもは親に従え,あるいは,男尊女卑,父親が一番えらい。となります。
あとは,カノンちゃんの出演のときに,確認しましょ・・・
参考文献:深読みミュージカル(本橋哲也),戦う演劇人(菅孝行)
期待度♪♪♪♪♪
随分と
もう何年も前に、大阪での公演を、現・シアターBRAVAへ見に出かけました。
3回、観にいきました。この公演を機に、劇団四季と出会い、四季の作品の素晴らしさに出会いました。また、もう一度、みたいです。
期待度♪♪♪♪♪
今日
次回作で動物を扱うので、ちょっと勉強しに、超久しぶりのライオンキングです。
今回はちょっと奥の席だけど、あの迫力を感じられるのを楽しみにしています。