実演鑑賞
満足度★★★★
帝劇で見、明治座で見、新国立劇場で見、今回この芝居を観るのは四度目か。
芝居は今生きている人間がやるものだから、時とともに変わる、その時代にしか生きられない観客の定めも感じる。秋元本は一九七九年初演以来、四十年。さらに原作の近松の「冥途の飛脚」や「跡追心中」にさかのぼれば、三百年。連綿と演じ続けられてきた日本の演劇の世界である。論じれば、切りがない芳醇な世界ではあるが、ここは、今日の「見てきた」観客の感想である。
蜷川演出による東宝の「近松心中物語」は戦後日本演劇史を飾る屈指の作品だった。今回も見ながらいくつものシーンを思い出した。観客の心をつかむ世界が、舞台の上で演じられる。
それが時代を超えて大きくて完成度が高かった。個人の恋愛から、社会のしがらみまで世俗的な世界を題材にしながら、日本人の心情に深く刺さっていく。原作が浄瑠璃という事もあって、歌が効果的に使われている。蜷川が亡くなった後のいのうえひでのり演出は、伝統日本のモダナイズの蜷川をなぞらずに、戯曲を立てた近代劇の愛のドラマにした。こちらも新鮮ないい舞台だった。ともに狙いがはっきりしていて、舞台の立体化が成功した。今の言葉にすれば、「ビジュアル」で成功した。
今回の演出は長塚圭史。今の時代の近松心中物語を、と目ざしたのはわかるが、ここぞ、と言うところがない。
それが影響して配役も落ち着かない。俳優が役の日本人の情感を運んでいない。戯曲は、登場人物の生活背景も書き込んでいて、いずれも商いに精を出さねば食えない二番手の小商売の家に田舎の家から追い出されるように店に入り込んだ男たち、遊郭の顔見世女郎、見栄は張りたいが張り切れない商家の家付き娘、と言うあたりがよく書き込まれているが、今回の上演ではそこがあまり見えない。だから、封印切りに至る経緯もことの流れで・・という風に見えてしまう。人物の性格や、それぞれの劇的対立はよく説明されるが、血が通っていかない。前例を言えば、太地喜和子も宮沢りえも柄として梅川が似合っていたとは言えないだろう。そこを役にしたのは俳優と演出の力だった。田中哲司も笹本玲奈も有力な新人ではあるだろうが、ここはもう一つ、演技に節目をつけて細かく役を膨らませる工夫が欲しかった。松田龍平と石橋静河は、演技も達者だし、役をよく呑み込んでいるが、舞台全体から見ると浮いている。シーンは演じられるのだが、演劇として詰まっていかない。
蜷川もいのうえも大劇場演出にたけていたから、群集シーンで見せ場を作っていたが、それがなかったのも寂しい。
今回の音楽は、日本の囃子をリズムに取ったようなスチャダラパーの曲を使っている。ここで大衆の声を代弁させる意図だったのかもしれないが。大劇場ではパンチが足りなかった。
最も問題なのは美術(石原敬)。奥が狭くなっていく八百屋に組んだ梯形の板の裸舞台に、次々に小道具が持ち込まれて場面を作っていくのだが、様式に統一感がなくちんまりして大きな舞台で映えない。
奥が狭くなっていくのも閉塞感を出す意図かもしれないが、奥の空間も生かされないし、見ているとうっとおしくなる。幕切れ、劇場いっぱいに歌舞伎の紙の雪を降らせた蜷川の大芝居の前例があるからやりにくいのはわかるが、西洋の童話劇のようなきらきら光る雪はないだろう。
日本演劇の粋の詰まった戯曲を、蜷川は歌舞伎で、いのうえは新劇で、長塚は小劇場でその時代に合わせてやってみたという事だろうが、前二者の大成功は重荷だったに違いない、しかしやってみる甲斐はあった。次は本多で,歌舞伎座で歌舞伎役者でと見物の勝手な夢は広がる。それまでこちらが生きているかどうかもわからない。しかし芝居は続く。
二時間二〇分で休憩なし。休憩は入れてもよかったのではないかと思う。客席は懐かしいもの見たさの老人客が多くほぼ満席であった。何かと乗りにくい公演ではあったが自分もまた、一つの歴史のなかに織り込まれた、という、芝居見物ではなかなか味わえない感覚が味わえた舞台でもあった。
実演鑑賞
#近松心中物語
#初日
二組の男女の心中。#松田龍平 さん演ずる気の弱い婿養子と、#石橋静河 さん演じる箱入り娘ながらヤンチャな嫁の夫婦がチャーミング。心中らしからぬ軽やかさで客席を沸かせる。石橋さんのコメディエンヌっぷりも新鮮。でも、彼女のドロドロした不幸を身に纏ったような役どころも観てみたかったというのが本音。
町の喧騒などは、#長塚圭史 さんらしさのよく出た演出。ただ、冒頭のそれは、鐘を鳴らす男のリズムが悪くモヤッとしたし、声質や滑舌の問題で台詞の聞き取りにくさもあって少し残念だった。
散る雪を含め、照明が美しい作品。
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kaat「近松心中物語」 これはこんな薄い本(戯曲)だったかな、、、私が記憶の中で大きく怪物にし過ぎたのか。。。? 女郎の話は濃いのが好きです。
約3年前
そいえば、テアトロ2021年11月号届いてました。 観たやつだと ・KAAT「近松心中物語」 ・コトリ会議「スーパーポチ」 ・俳優座「戒厳令」 ・KAAT「湊横濱荒狗挽歌」 など。 スーパーポチ、他の納得いく評見つけられなかったの… https://t.co/XYAzhtITha
約3年前
9月の「ベスト・ファイヴ」 1. こまつ座『雨』 2. KAAT『近松心中物語』 3. 昴『The Weird 堰』 4. 青年座『ズベズダ 荒野より宙へ』 5. 文学座『熱海殺人事件』 これに、俳優座『戒厳令』、本多劇場next『Birthday』と続く。
約3年前
KAAT『近松心中物語』とか、9月観た公演で感想を書きたいものいろいろあるんですが(8月だって7月だってある)……。
約3年前
演出:長塚圭史『近松心中物語』KAATで鑑賞。対照的な二組が絡み合う心中、マジメだからこそ女郎に入れ込んでしまう忠兵衛に田中哲司がよく似合う。そんな忠兵衛と仲を深める梅川の艶やかな儚さを笹本玲奈が見事に体現。ちゃきちゃきした石橋静… https://t.co/WkqlzuS4UW
3年以上前
話題の のこの著名な心中物語を引っ張っていきます。2時間を超える舞台は、粋な美しさで展開する舞台美術も見事であっという間です。… https://t.co/wSxlYz39Wl #KAAT #近松門左衛門
3年以上前
KAAT『近松心中物語』、昔の大阪弁は半分くらい聞き取れなかったが、ストーリーはシンプルなので演出でいろいろ楽しめた。「永遠を手にしようと、大好きな夫とともに死のうというエネルギー。死ぬというということは、生を照らす。」石橋静河と… https://t.co/FV0U5O55nz
3年以上前
KAAT『近松心中物語』、昔の大阪弁が半分くらい聞き取れなかったが、ストーリーがシンプルなので演出でいろいろ楽しめた。「永遠を手にしようと、大好きな夫とともに死のうというエネルギー。死ぬというということは、生を照らす。」石橋静河と… https://t.co/SrCBFbed5y
3年以上前
KAAT『近松心中物語』面白かった! 田中哲司×笹本玲奈の王道の心中カップルっぷり、松田龍平×石橋静河(すごい組み合わせだ…)のかわいらしさ、おかしみが相乗効果で引き立てあってた。いやぁ松田×石橋のやりとりであんなに客席から笑いが… https://t.co/NHzC3vHygm
3年以上前
見てきたよ、KAAT神奈川芸術劇場 「近松心中物語」二組の心中にまつわる悲喜劇とでもいうのか、梅川忠兵衛には悲しみ、お亀与兵衛にはおかしみを覚えることが多かったけれど、どちらも相手への慈しみにあふれていた。丹波屋さんや槌屋さん、お… https://t.co/gie1Oai0Us
3年以上前
昨日はKAAT『近松心中物語』を観ました。心中という極端な選択を描いてカタルシスを得るだけには留まらない、深みを湛えた舞台でした。 この滑稽さ、みっともなさこそが人間らしさなのかもしれないなと思いました。 ドラマチックになり過ぎ… https://t.co/VoN3l3XcSt
3年以上前
KAAT「近松心中物語」いのうえ版は良くも悪くも蜷川版を思い起こしてしまったのだけど、長塚版はガラリと変わって特に冒頭は新味があってよかった。生真面目さと狂気を感じる哲司忠兵衛と笹本梅川の道行の白と赤の美しさ。いのうえ版の成志・小… https://t.co/18aE2v9mFT
3年以上前
KAAT『近松心中物語』主演のお二人、田中哲司さんと笹本玲奈ちゃんは、もう非の打ち所がなく、純朴で実直な忠兵衛と儚げな梅川、とくに笹本玲奈ちゃんのお声の艶、悲しく美しいラストシーン、忠兵衛の慟哭が耳に残った。
3年以上前
KAAT『近松心中物語』観劇。蜷川版は未見だけど、2018年のいのうえ版を観ているのでストーリーは承知。この物語、どうしたって悲恋に散る主役二人より、もう一組の恋人たち、与兵衛とお亀の話に惹き込まれてしまうのだけど、松田龍平くんが… https://t.co/ejVKNj4yLd
3年以上前
KAAT「近松心中物語」終了。時間も空間も埋めきれない何とも残念な演出。地方の劇団が、あるいは学生演劇が、予算はないけどやりたいの❗って感じでやってしまった感。
3年以上前
KAAT『近松心中物語』へ。本作における松田龍平は最高である。様式性を排した彼の演技は、この世界から明らかに浮遊しているのだが、その与兵衛の空虚さが終盤に反転し、心中という物語に抵抗する斥力を生む。彼の存在なくして、この舞台は成立しない。大きな拍手を贈りたい。 #近松心中物語
3年以上前
KAAT『近松心中物語』心ここにあらずな相槌させたら世界一な松田龍平を堪能。おきゃんな石橋静河との掛け合いも最高🥰田中・笹本ペアの雪山シーンの荘厳さは息をするのを躊躇うくらいだった。スチャダラパーの音楽も楽しかったなー。 https://t.co/F92nZRKThH
3年以上前
KAAT『近松心中物語』。田中哲司と笹本玲奈の情念たっぷりカップルと、松田龍平と石橋静河の頓珍漢なカップルの対比がおかしく悲しい。 そしてKAATはメインシーズン「冒」へシフトチェンジ。 https://t.co/M0TytFIqxy
3年以上前
KAAT『近松心中物語』。久しぶりに大衆的な和物の心理劇。個人的にはチラシのあの感じとか音楽がスチャダラだとかの前情報から少し演出に工夫が凝らされていると思い込み、密かに盛り上がっていたが、思った以上にオーソドックスな作りで勝手に拍子抜けしてしまった。
3年以上前
昨日、KAAT「近松心中物語」を見て、帰宅が間に合わなかったので今やっと芸術監督・長塚圭史さんのインスタライブのアーカイブも見てます。
3年以上前
KAAT「近松心中物語」。 舞台監督が白井さんから長塚さんに代わって、伏線の多くて哲学的な演劇からストレートな演劇に変わったなと。豪華絢爛な江戸時代大阪の陰と陽を堪能しました。 https://t.co/9u8XRHvB93 #kaat #近松心中物語
3年以上前
9月のKAAT「近松心中物語」。迷った末、結局行くことにした。秋元松代の作品はKAATで「常陸坊海尊」を観たが、深い感銘を受けた。
3年以上前