オパンポン★ナイト〜ほほえむうれひ〜 公演情報 「オパンポン★ナイト〜ほほえむうれひ〜」の観てきた!クチコミ一覧

★ 満足度の平均 ★ ★ ★ ★ ★ 4.2
1-7件 / 7件中
  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    一部再見ですが面白かったです。伊藤くんは映像でもご活躍のようですね。

  • 満足度★★★★★

    今回新作として作られた三話目が肝でした。

    ネタバレBOX

    ニュースバリューのあるオリンピック選手の浮気タレコミを受けた出版社の対応の妙を描いた二話目を挟んで、死刑執行のスイッチを押す側と、死刑囚の最後の晩餐風景を描いた短編集。

    特段面白いとも思わずに見ていましたが、三話目の役者さんの大声での笑い声がわざとらしいと感じていたものが、いつしか作者さんの熱量として次第にこちらに伝わってきて、さらに一話目の裏返しだと気付かされたことで一気にいいなと思いました。
  • 満足度★★★★

    楽天市場でこんな生地の少ないパンツ誰が買うのだろう?と思ってたら、
    まさか劇場でそれを見ることになるとは思わなかった。
    何の予備知識もなく見たが良かった、私はコメディの演劇で客が追い付かないで勢いだけで
    持っていくパターンは苦手なのですが、この演劇は裸になるところもあるけど、それだけで
    笑いをとろうとしていないところが良かったと思いました。

    長編を見逃してしまったのが残念、来年?も東京に来て欲しいです。

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    Corichで受賞した「さようなら」を池袋で観た関西のユニット。短編でも「らしさ」は変わらずだが、アゴラ劇場で間近な距離で見ると俳優の挙動と台詞がクリア。精度は鑑賞に堪え、中々な人間洞察の「深み」に誘う要素あり、わが意を得たり。(後日記すつもり)

    →律儀にも12日後の追記(忘れてた)。
    第一話、第二話、第三話それぞれに美味なる瞬間がある。第一話は導入の会話が如何にも関西(我々非関西人のイメージ)で笑わせる。話そのものは、ナンセンスでしつこい会話が何週かした後、そこが職場内での劣等生が回される部署(=死刑執行)だと分かり、なぜテンション高めでバカバカしい会話(口論?)に興じているのかが、遅れて登場した新人に説明する形で明かされ、人情要素をくるんでブラックに終わる「整った短編」。他人の死の現場で、「悪気のない」彼らにどこまで不謹慎を「合法的に」やれるか、というあたりだろうか。
    第二話は五輪出場候補でもある著名アスリートのスキャンダルを、当人がネタとしてゴシップ雑誌社に持ち込んだ不倫相手の若い女子と、応対した若いスタッフと編集長の三者の会話劇。国民的スターを擁護する立場、雑誌の使命(商売)として事実を報道すべきとする立場が、状況の変化によって二転三転する、それによってそれぞれの損得勘定、倫理観から人情までが露見して行くコメディの典型的な展開を圧縮したような短編。
    さて第三話。これが実に味わい深い、と言葉にしてしまうと味わいが殺がれる気がする。この話にのみ出演の怪優・殿村ゆたか扮する老人が、長テーブルを挟んで甥と対峙し、終始話をしては一人高笑いをしている。正面奥の出入り口からはシェフや関係者が登退場するが、甥はずっと不機嫌で、台詞の上では、テーブルに乗った大皿の「生きた蝉」について「なぜ蝉なのか」という文句を言っているのだが、後半でそれが老人の「最後の食事」でありそこは死刑囚が最後の時を過ごす刑務所のどこか、であると判る。蝉は、「今まで一度も食べた事がない物」との老人のリクエストに対するシェフの「計らい」であり、そこも突っ込み所も満載であるが、判った時は既に芝居も半ば、「ギギ」と時折声を出す蝉には観客の目にもなじみ、やがて「食べた事がある」という関係者の驚嘆の証言、「一つ頂いて良いですか」とよばれたかと思えば、さらに現れたもう一人が蝉食った話を盛り上げ、老人はこれぞ最後に相応しい食事である事に疑いを入れないだろうとばかり甥を見やり、悠然と蝉に手を伸ばす。この短い謎解きストーリーの中で作者は「今」を意識した台詞を老人に言わせる。死を前にし、しかも複数もの人間を殺たらしい男が悔悛の情を吐露する代わりにこう吐く「自分がやりたい事をやればいい」(剣呑な台詞、そこを意識しながらの発語)。まだ十分に精力の有り余っていそうな老人は、自分に「後悔はない」と言い、「何でもやってみなければ分からない」と甥に引導を渡す。「蝉なんて誰も食べない」(だから最後の食事に相応しくない)とクソ真面目に言い続けていた甥も、観客も老人の奇態の説得力に黙る。このあたりまでに何度か「蝉を食べる」シーンが繰り返されるのだが、手に取って頭からガブリ、とやると顔をしかめて「く~~っ」とやるのがお笑いのキメよろしく皆一様、味付けも火も通さず生で持ってきた趣旨を「土の香りが口に広がります」としたシェフの説明の立体化(同様にお笑いの手)。今や刑務員と判明した男たちに付添われた老人が刑場へ向かった後、甥は蝉に手を伸ばす・・。
    自由とは何であるか、を考えさせられる。自由とは何であり、何ゆえそれは尊重される(べき)なのか。決まりきった生活様式に収まり、周りと同じ食べ物や流行りを追いかける「生活」のために保障されるべき自由なのか・・芸術が果たすべき使命、というと大仰だが、それはあらゆる可能性への自由を用意し、想像力を広げ、引いては現システムに必然的に排除される者を包摂する可能性を探る働きでもあるのに違いない。「感染数の抑制」を唯一の価値とする現在にオルタナティブを選び取る想像力を手にする事、換言すれば自分のやりたい事を追求する事は「善である」、なぜならそれは「自由」だから、と老人は言ったように私には聞こえた。

    ネタバレBOX

    但し必ず陰部をかたどった布だけをまとった全裸姿を披露したがるのが私的には玉に瑕(この人=主催の野村氏のお家芸のようなのだが)。最後は第一話の後日談的なマラソンシーンとなり、一話で脱いだ二人と共に野村氏が脱いで三者揃い踏み、「件の彼女」も登場して真に理想的な大団円になるのだが、「マラソンあるある」のごぼう抜きで野村が一人疾駆する姿が、ちょっと長い。
    一人疾駆するための伏線が弱いのではと観た時思ったが、「伏線」を生かす別の形があったかな~、と。まあ殆ど終幕での細かい注文の類だが、マラソンへの情熱、否マラソンに重ねられる人生への情熱が、第一話での会話を伏線に全開する、と行きたかったのだろうけれど、語られた「言葉」でなく人物の様子を伏線に置くなら、息一つを乱さず陸上選手の無機質なフォームを見せ、「ゾーンに入る」とか、四人と走りながら段々顔つきが変わり、その変貌を他の者が実況的に描写する台詞を入れる、とか・・が無理しない終わり方だったかな、と。
    一応注文を書きつつも思いは美味しかったあの場面この場面と反芻に余念がないというやつ。何しろ記憶の画素数も高い。
  • 何度か観るチャンスを逃していた劇団。評判も高かったし、期待しての初見。過剰に期待してしまったのがいけなかった。併せて、客席に自分とかけ離れた感覚で笑う客がいたことが更に気持ちを萎えさせた。辛かった。苛立った。
    スコーンと清々しく笑いたかった。

  • 満足度★★★

    ◼️90分強◼️
    タイトルに偽りなし、黒い笑いの3本立て。どれも題材に目新しさはなく、また、展開に乏しいが、一つ事をこねくりまわし、10分で収まる話を30分に持っていく脚本力は只事ではない。
    演技についても述べておくなら、関西演劇らしいテンション高めのお芝居は、当たるとデカいが、客がついてきてくれないと、空振りに終わるリスクも。
    あいにく私の観た回は空振りが目立ったような…

    ネタバレBOX

    マラソン好きな彼女にフルマラソンに誘われ渋々応じた若い男が、同じペースで伴走できる相手欲しさに先輩を誘い込もうとあらゆる理屈を駆使して口説きにかかる1編目が好き。その減らず口を脚本としてしたためおおせた筆力はかなりのもの。
  • 満足度★★★★★

    いつも野村さんの書く脚本は、自分の心にグサグサささってくるんだけど、今回の作品に関しては、今までフォークで刺されてたくらいだったのに、今回はガチのナイフで追いかけ回されてる気分になりました。
    多分初めてオパンポン創造社を観た人の中には、あの格好に対する拒否感とかあると思うし、笑える面白さだけを求めて来た人もいたと思うんだけど、私は笑いが起きるだけではない面白さを感じました。

    サラッと言ってるセリフの一つ一つが本当にグサグサと、全ての作品においてそれは変わらず。

    あとはネタバレにしかならないので、感想はここまでにします。

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