映像都市(チネチッタ) 公演情報 映像都市(チネチッタ)」の観てきた!クチコミ一覧

満足度の平均 3.5
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  • 満足度★★★★

    まだ辛うじて映画が娯楽の王様と呼ばれていた時代に幼少期を過ごし、その後衰退している中で映画館が次々と閉館していく様を現実に体験しているので、本作はとてもリアルに感じた。3つの時間も場所も異なるストーリーが一つに繋がるような作りとなっているが、それぞれのストーリーにおける登場人物の関係性(特に男女の関係性)をも少し丁寧に描写してもらいたかった。
    劇場を作中の映画館に見立て前説から芝居に入っていく演出は、最初少し戸惑ったが、終わってみればとても効果的だったと思う。

  • 満足度★★★

    三十年前に、まだ世に知られていなかった鄭義信が所属劇団の新宿梁山泊のために書いた戯曲だが、いま改めて見ると、この作家の原点が詰まっている。
     時代設定は、映画館の壁に「ラストショー」のポスターが貼ってあるから70年代前半。映画界が50年代の栄光の時代から滑り落ち、ほとんど、どん底の時期である。撮影現場は荒廃し、地方の映画館は次々と閉館した。副題にチネチッタ(イタリアの大スタジオ)と振ってあるが、ここもマカロニウエスタンなどで食いつないでいたころだから、似たようなものだが、全く関係ないのに…と思っていると。
     そこは川崎(架空の設定)で、現実にチネチッタという独立系の映画館があった(今のシネコンとは違う)。映画に夢を抱きながら、手作りシュークリームを館内販売しながら小さな映画館を経営する夫婦と、撮影現場でわがままで中身のない大監督に無理無体を言われながら苦労する若手脚本家と裸でしか売れないワンサの女優、彼らの生活の周囲を、現実の世界と映画の中の世界を交差させながら、描いていく。おや、ここはどこかで・・と既視感に襲われるが、それは、鄭義信が、その後、「焼肉ドラゴン」や「血と骨」などで、軸となるシーンとして再生させたからだろう。作劇的には寺山や唐の影響も深く、バブルの中で、忘れ去られようとしているまだ傷跡の生々しい昭和懐古の90年代ドラマである。
     その戯曲を演出の森岡は自身の原点でもあるとして舞台にかけたわけだが、如何せん、今の若者には全く通じていないようである。かと言って、新しい形で再生もしていない。劇団としては番外という若い俳優の稽古公演のようなものだから、それを言うのは野暮だろう。この戯曲の存在を思い出しただけで良しとしなければ。

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