たぐる 公演情報 ここ風「たぐる」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★

    「父はこの浜で一人 何を思って暮らしていたのだろうか」を、父を知る人々によって思い巡らす(たぐる)物語だが…。出来事やちょっとした台詞の端々に文学的な香が漂い、何気ない日常、それも夏の数日間を描いた秀作。
    物語は大きく畝る展開は観せず、どちらかと言えば さざ波のように穏やかな日々。そんな何気ない暮らしの中に喜びや幸せがあるのかもしれない。その平穏が脅かされ壊された時に、初めて足元の幸福をかみしめることになる。この物語は、その穏やかさに、小石を投じちょっとした波紋が…そんな印象を持たせる公演。
    同時に気になることも…。
    (上演時間2時間 途中休憩なし)

    ネタバレBOX

    舞台セットは、この劇団らしく丁寧な作り。上手に少し段差を設け 住居(玄関戸)・パーゴラ、そこにテーブルや籐椅子、下手は奥に葉が生い茂り、手前にテントが張られている。後ろの葉影と手前のワンポールテント(横柄)が遠近法のように奥行きを感じさせる。所々にあるランプ型の灯があり、実に趣のある光景である。また遠くに聞こえる波の音が優しく 心が洗われるようだ。

    物語は、以前父が住んでいた、この家に三か月前に引っ越してきた元女医・市橋一花(もなみのりこサン)が主人公。冒頭、見知らぬ男・瀬能幹夫(岸本武亨サン)が勝手に家の前のスペースにテントを張って、その経緯等を二人で話すところから始まる。幹夫曰く、一年前にもここにテントを張り寝泊りしており、一花の父の許可は得ていたと。一花は、「あの人らしい」と呟く。この言葉には、物語の背景にある自分や母を捨て(別れ)た父の「いい加減さ」なのか「融通が利いて少し良い人なのか」、その後の物語の展開の肝になる上手い描きである。父の捉え方は、肉親である一花と、この地の人々とでは違う。だからこそ一花は父を「あの人」と呼び、地元民は名前で呼んでいる。人が持った感情の距離感は、呼び方で変わる。それが終盤でさり気無く分からせる巧さ。

    一花の親友で看護師・野田明日美(天野弘愛サン)、その息子・純(岡野屋丈サン)、そして一花を命の恩人という鶴谷七恵(はぎこサン)が遊びにやってくる。町役場の蝶野翼(斉藤太一サン)は面倒見が良いが、実は好意を抱いている。街で食堂を経営している島茂雄(霧島ロックサン)、従業員ジョニー(香月健志サン)の仄々とした雰囲気、そして勝手に家に住み着いてしまった久右エ門(花井祥平サン)の肉体美と不思議な存在。登場人物によって、登場しない人物(亡き父)のエピソードを点描していくが…。同時に一花の心に残った出来事(傷)が、医師を続けられなくした。
    役者の演技力は確かで、バランスも良く安心して観ていられる。

    父の死因は溺死。海で溺れる母娘を助けるために、自分が犠牲になった。
    蜘蛛を逃すこと、そして幹夫が書いている未完成小説の粗筋を聞く一花、二人の会話が小説内容と相まって滋味溢れる。父は妻(母)と娘(自分)を捨てて生き、一方、他人の母と娘を助けて死んだ。贖罪なのか「蜘蛛の糸」を思わせる。
    一花は助けた患者が、退院後 多くの人を巻き込んだ交通事故を起こした。何ら道義的責任はないが、それでも…。蜘蛛の糸にぶら下がった人を助けたつもりが、何ら関係のない多くの人の命を奪ってしまう。人々が話す父の思い出が、いつしか幼き頃に別れた父の面影を求めるかのように懐かしい。「あの人」が「父」へと表現が変わり、自分の気持に向き合うようになるような。がんじがらめ の関係から少し解放されたのか。

    気になるのは、影の主人公である「父」の姿がぼんやりしており、立ち上がってことないこと。人命救助のエピソードが強く、この地で暮らしていた姿、その日常(冒頭の文句)が想像できないこと。特に自業自得とはいえ、父であれば娘に会いたいであろう気持が伝わらない。その何とも表現しにくい感情を演劇としてもっと観たく、そして感じたかった。
    次回公演も楽しみにしております。

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    2022/06/26 11:59

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