実演鑑賞
満足度★★★★
いま、ヴァン・ダインを舞台に乗せるとは随分大胆な企画だ。ミステリではすでに古典の名声を得ているが、それは創生期の本格ミステリ時代のことで百年も前。今はミステリも、時代も変わっている。「グリーン家」は再演だが、今回は、もう一つの名作{ビショップ」と合わせて相互公演だという。まるでヴァンダイン祭りだ。その「グリーン家」を見た。
「モクストラ」は初見の劇団なので、主宰の須貝英はどんな仕事を?をキャリアを見ると、早稲田キャラメル系。既に三十歳半ばを超えている。見ていて感心したものでは「オリエント殺人事件」のスタッフがある。
こういう名作を欧米戯曲をもとにしないで新しく作るのはかなり勇気もいるが、逆に思い切ってできるということもあるだろう。しかし、原作は、豪邸を舞台にした連続殺人事件の謎解きに論理をたてる本格ミステリである。
どうなることかと思って見に行ったが、驚いた。こちらの想像とは全く違った舞台だった。感想を列挙すると、
まず、名作・ヴァンダインの本格ミステリと言う原作の評価に物怖じしていない。
本格ミステリを、現代の舞台で面白く見せるにはどうすればいいかということに集中している。原作は、かなり複雑な人間関係の上に連続殺人が起きるのだが、その旧豪族家の大筋の遺産相続と殺人の順番などはほぼ原作を踏襲しているが、細かいトリックにはこだわらず大胆に話を盛っているところもあって後半の大捕り物などはオリジナルである。
いわゆる「ミステリ劇」(「罠」とか「スル―ス」とか)とも、「ゴシックホラー」(「黒衣の女」など)とも違う新しいタッチで、しいて言えば、2・5ディメンションに近い。
テンポが非常に速い。シーンも非常に多い。本格推理のまだるっこさがない。セリフも短い。人間関係の葛藤にはあまり時間を割かずに、犯罪の進行を明快に説明していく。古いグリーン家の豪邸の崩壊は小説でも見せ場の一つだが、そういうところもちゃんと舞台になっている。結構取れるところはちゃんと取っているのである。
舞台は、洋館の大部屋を思わせるプロセニアムで囲んだ部屋だけで、ちょっとした小道具を出したりスライド壁を使ったりすることはあるが、一場ですべてのシーンを処理する。今回の二演目はすべてキャストも変わるので、名探偵フィロヴァンスの役も演目で変わる。ほかの小劇場で見た俳優もいるから全部この劇団員ではないだろうが、演出は一貫している。こんなフィロ・ヴァンスではヴァンダインではないと言いそうな老年の客は始めから捨てているのか、女子大生らしい若い観客が多い。劇場ブッキングの都合だろうが、私が見た最終日の午前11時の回はさすがに七分の入りだったが。
いままでのヴァンダインでは連想できない舞台との出会いで、あれよあれよと見ているうちに2時間ほどの舞台を終わった。ミステリファンからも、ミステリ劇のファンからも異論は出てきそうな舞台(例えば、フィロヴァンスのキャラメル風の演技には古典的なミステリファンが拒絶反応を示しそうだが、そんなことは作った方は計算済みだろう)だったが、大いに刺激的ではあった。俳優は動きの速い舞台についていくのに大変だったろうが、なかでは看護婦役の大澤彩未は、この新しい舞台らしい役柄を巧みに演じていた。
本格ミステリには話は面白いものが多いのだが、トリックの細かさにとらわれていると舞台には載せにくい。とりあえずは2・5ディメンションのジャンルに「フーダニット」の道を切り拓いたことを評価したい。