煙が目にしみる 公演情報 パンドラの匣「煙が目にしみる」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★

    火葬場で焼骨になるまでの僅かな時間の物語。白装束の男2人が軽妙に話しており、「死」という悲しみが感じられない。逆に葬儀という儀式を通して「生」の喜びを浮き彫りにした秀作。
    (上演時間1時間40分)

    ネタバレBOX

    セットは、田舎町の火葬場。上手・下手側にそれぞれベンチ椅子とテーブル。脇には螺鈿細工の花瓶1つ。後景は桜の大木があり満開の時期。すこし散り始めているが…。

    ベンチに2人の中年男性、野々村浩介と北見栄治が立ち話。白装束から2人とも死んでおり、これから彼らの火葬が行なわれる。客席後方から2人の家族たちが、斎場に入ってくる。野々村家は妻子と母、従妹夫妻と賑やかだ。北見家は娘らしき女性と男性の2人だけ。浩介の母、野々村桂は最近惚けてきた。その様子を眺める死者2人の会話に桂が入り込んできた。何故か桂には死んだはずの浩介と栄治が見える。本来、2家族が交わることはないのだが、野々村浩介の遺族への思いや野球部監督をした高校の甲子園での試合を効果音のように従え、一方、北見栄治は死に関する艶福エピソードを次々明らかにし「思い」という感情を交差させる。
    遺された家族たちの思い、それに呼応するような死者の述懐、イタコのように生者と死者とを仲介する桂。火葬場に喜劇と悲劇が輻湊していく。

    死者は、自然や現実とは異なる時空のようなところに行くだけ。生者と対話できる、と思うことによって死者と魂を通わせ合うことが出来る。カフカであっただろうか…「人は死後に独自の進化を遂げる」と言ったのは。それは生きている者が死者の影響を受けたり、意思を引き継いだりすることを意味するらしい。

    桂を通して通じ合う思い…「体」は死んではいるが「魂」は対話している。「死」という普遍的なテーマを扱いながら、情緒に流されず乾いた視点で(家族を)見据える。そして満開の桜が明るい象徴として映え、その散る花びらに余韻が…。

    次回公演を楽しみにしております。

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    2017/11/17 19:29

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