幻戯【改訂版】 公演情報 鵺的(ぬえてき)「幻戯【改訂版】」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    男の性(さが)
    粘りついて絡みついて逃れられない男の性(さが)を見せ付けられた、圧巻の舞台でした。5年前の作品を再構成されたとのことで余計なものをそぎ落とした物語はギュッと濃縮されており、時間を忘れてただただ見惚れて楽しみました。こんなに居心地が悪いような内容なのに、何でこんなに惹きつけられるのか。じっくり溜めのある間の演出がヒリヒリと緊張感を高めていました。そしてその緊張感に耐えうる適役のキャスティングでどの役者さんもとても魅力的でした。

    ネタバレBOX

    劇中に(売春する行為に対して)「割り切っても割り切れなくても(不特定多数の男に体を許すことが)辛いならばどうやって折り合いをつけるのか」。相手を尊重して大事にしたい気持ちとは別物として、肉体的な快楽を求めたいのは男の性なのだろうか。自分自身を省みても、この性(さが)から逃れられてないなと実感し、身につまされる作品でした。

    黒崎(男)は新進の小説家・板倉(男)を馴染みの売春旅館に連れてくる。板倉は30代後半でも童貞で、「行為をすることで自分が大事にしていたものを失うのが怖い」と性交を拒んできた。板倉は自分の相手をしようとする玖美子(女)の誘いを断り、その場に居合わせる形となった口の利けない布見繪(女)と付き合いだす。次の機会に再度、旅館を訪れた板倉は「気持ちと体を一緒に考えていたから良くなかった。別々に考えればうまくいく」と玖美子を純粋に性欲のはけ口として交わる。交わった事を想起させるシーンで暗転し、フェードインした照明に浮かんでくるのは、先程まで玖美子の着ていた衣装を着た布見繪の姿だった。徐々に精神的に追い詰められていく玖美子は自殺し、板倉は夜な夜な遊び歩いて売春していることが提示され終幕する。

    「幻戯」という公演タイトルに思いを馳せてみました。売春する仕事を迷いながらも10年以上続けてきた布見繪を「彼女がこれ以上汚れないように、僕は彼女には触れない」と言い家に囲い込む板倉は、一方で性欲の発散のために売春を続けます。口の利けない女に自分の思うとおりの理想像を押し付けて、理想像=幻想と戯れて生きる男の自分勝手さ、傲慢さが浮かんでくるように思います。実際、玖美子を抱く時の板倉のおぞましい存在感、こんな表情を人が見せるのかというような迫真の演技でした。そして、それでも客だからと受け入れる玖美子の姿は買われる側に選択肢のない悲哀を強く感じます。

    ここから、勝手に観劇後に自分なりに物語を妄想してみました。布見繪は本当はいないんじゃないかという説です。その姿を見た者が板倉以外いない事(あの子とか口の利けないお姉さんと別の呼び方で存在が提示はされますが)や、そもそも板倉と布見繪を結びつけた日記を書いたのが玖美子なのではというシーンが提示されます。そうだとすると、板倉は玖美子と付き合っていたのか、だとすると玖美子との精神的なつながりを家に置きながら、旅館で玖美子と肉体的に交わっていたのか?物語の冒頭、玖美子の死を悼むシーンで「ある部分では死んでいるが、ある部分では生きている」というセリフが投げかけられました。もし死後も布見繪という名を借りた板倉の幻想の中で玖美子が生き続けるんだとすると、その狂気は一層深化するなと思いました。物語終盤に、暗い部屋の中で一筋の強い光の中で独白する玖美子の姿をした布見繪の姿、その光と影は同一人物の中に同在する2人の人格なのかなと思いました。

    玖美子と布見繪の関係は、はっきりしませんでしたが、いずれにしろ強く印象にこびりつくような濃密な空間を楽しめて、色々考えさせられました。

    0

    2013/02/23 23:14

    0

    0

このページのQRコードです。

拡大