Le Fils 息子
東京芸術劇場
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2024/04/09 (火) ~ 2024/04/30 (火)公演終了
実演鑑賞
引きこもりの息子(岡本圭人)と、どうにかして彼を立ち直らせようとする父(岡本健一)を軸に展開する家庭劇。
社会的地位もあり、若い妻との新生活も楽しむ父の、「息子をどうにかしてやろう」とする傲慢さ、愚かさ、そして犯す間違いの数々……。言ってしまえば父親の「凡庸なクズ」ぶりを描くきめ細やかな筆致、演技に引き込まれる。息子を演じる岡本圭人の不安定(不気味にも見える)さ、現在の妻(伊勢佳代)と前妻(若村麻由美)の抱く不安や焦燥も鮮やかに立ち上がり、俳優の演技、そのやりとりを楽しむという意味では充実した時間だった。
多少ドラマティックにすぎる物語とはいえ、「家族」という舞台なればこそ、浮き彫りになる間違い、すれ違いそれ自体は特別なものではなく、共感、共振する人も多いかもしれない。
メディア/イアソン
世田谷パブリックシアター
世田谷パブリックシアター(東京都)
2024/03/12 (火) ~ 2024/03/31 (日)公演終了
実演鑑賞
エウリピデスの悲劇『メデイア』とその前日譚にあたる『アルゴナウティカ アルゴ船物語』を再構成し、あらたな演劇に仕立てる意欲作。怪物や魔法に彩られたイアソンとメディアの出会いの物語があればこそ、あの重苦しい悲劇の背景も理解できるというものだ。
影絵のような無彩色の舞台(装置)は洗練されていて、特に後半では(その陰惨な内容とも相まって)観客の想像力を刺激する。だが、ファンタジー色の強い前半については、しばしば禁欲的すぎて、描かれる世界の奥深さ、すでにすれ違っているイアソンとメディアのあり方、そこでの感情を見えづらくしていた面もあるのではないか。(とはいえ、若き日の二人のどことない頼りなさ、青さの表現は新鮮で印象に残った)
また何よりもこのプロダクションを特徴づけるのは、メディア/イアソンの間に生まれた子供たちが語り手をつとめる「物語」という構造。終幕の「語り」「子守唄」が、血に塗れた悲劇と共鳴し、鎮魂、そしてわずかながらの希望/祈りの場へと昇華していくさまに、ギリシャ悲劇を「いま」に投げかける意味が込められているように感じた。
アンドーラ
文学座
文学座アトリエ(東京都)
2024/03/11 (月) ~ 2024/03/26 (火)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
あまりにも恐ろしく、わが身を振り返らずにはいられないが、それをすれば身の置き場がない。
舞台は敬虔なキリスト教国「アンドーラ」。隣り合う「黒い国」でのユダヤ人虐殺から救い出されたアンドリは、救い主の教師夫妻とその娘、バブリーナと家族同然の暮らしをしていた。だが、密かに愛を育んだアンドリとバブリーナが結婚を申し出ると、父は決してそれをゆるそうとしない。おりしもアンドーラ国内には「黒い国」が侵略してくるとの噂が流れており……。
the sun
カンパニーデラシネラ
シアタートラム(東京都)
2024/03/22 (金) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
カミュの未完の自伝小説、短編小説をもとに構成された舞台。
日本ろう者劇団のメンバーのほか、それぞれ異なるバックグラウンドを持つダンサー、俳優の参加を得て、カミュの文学が空間化されていく。いつもながら驚かされるのは、舞台上にあふれる「言語」の多様性とそれらが切り替わり続けながら時間を構成していく推進力。
「言語」とはもちろん、手話や生演奏(驚くべき活躍!)の音楽のことだけではない。カミュの書いた物語に沿った(いわばマイム的、演劇的な)場面もあれば、そこから離れ、書き手をも含む世界を俯瞰するような場面もあり、自在に視点が、語り方が変わり、それにしたがって演技も動きも変わっていく。
かつて同じ作家の『異邦人』を題材にした時から、さらに、文学とその世界を舞台化することへの挑戦の深度が増していると感じた。
イノセント・ピープル
CoRich舞台芸術!プロデュース
東京芸術劇場 シアターウエスト(東京都)
2024/03/16 (土) ~ 2024/03/24 (日)公演終了
実演鑑賞
CoRich舞台芸術まつり!とCoRich舞台芸術アワードの覇者の中から、いずれもドラマ演劇を得意とする作家、演出家を選び出し、出会わせたCoRich舞台芸術プロデュースによる意欲作。
科学者ブライアン・ウッドとその家族を軸に、ロスアラモスで原子爆弾の開発に関わった5人の青年たちのその後が、老年期まで、およそ65年にわたって描かれる。大プロジェクトにかかわることへの興奮や喜び、畏れを抱いた青春期から、ベトナム戦争、湾岸戦争を挟みながら変化していく時代、結婚や子供の独立などの出来事を経て、彼らの内心はどう揺さぶられたのか。やがて日本との関わりを持つようになったブライアンは——。
5人の中には過去を明確に悔い、苦しむ者もいれば、愛国心、敵外心をさらに募らせる者も。若さが放つ奢りと輝き、年齢を重ねた上での迷いや弱さ、頑固さを体現する5人の俳優たちと、時代と家族の変遷をストレートに描くストーリー展開で集中力を途切れさせない充実した上演だったと思う。
日本人が日本語で、原爆を投下した側であるアメリカ人たちの群像を描く「フェイク翻訳劇」としての狙いは、おそらく、その「イノセント」なあり方から、日本人の現在、来し方行く末をも振り返らせるところにあるだろう。廃墟のような装置、黒く煤けた小道具を用いて進行する劇の中で、当たり前のように口にされる日本人や敵国に対する差別、想像力の欠如した発言の数々は、なるほど刺激的だが、当時のアメリカ人、それもロス・アラモスにいた人間ならば当たり前の感覚であり、そのこと自体がさまざまな対立、紛争、戦争を時には見過ごしやり過ごしている多くの人間たちの存在を思い起こさせる。「謝れない」ブライアンの内心の葛藤もまた、時代の変化を知りながら過去をうまく消化できない人の姿だと思えば思い当たることも多い。
透き間
サファリ・P
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2022/03/11 (金) ~ 2022/03/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
アルバニアの作家、イスマイル・カダレの『砕かれた四月』を原作とする舞台。
現代に生き続ける「暴力」の源泉に迫る題材選び、取材も踏まえた台本づくり、さらに「舞台化」とはどういうことかを真摯に考え、形にした、非常に意欲的で洗練された公演でした。
慣習によって運命づけられた「復讐の連鎖」が支配するアルバニアの高地。
都市部から新婚旅行にやってきた「妻」は、復讐を果たしたことで復讐される身となった「歩く人」に強く惹かれ、彼が運命から逃れ出られるよう奔走します。
運命の守り人のような老人の住う荒屋、逃れてきた男たちが集う塔、そこに横たわる寝たきりの負傷者、都市に生きる知識人、死んでも蘇る兵士たち……生と死、暴力、因習をめぐる象徴的な要素が交錯する物語は、16個の小舞台とその間を走る隙き間、そこに生きる俳優/踊り手の身体に託されます。そこでは、隙き間から現れる死者の手をはじめ、山地を歩くこと、走ること、情を交わすこと……のどれもが、死に向かう身体でさえ、生々しい生の営みとして表現されていた、されようとしていたと思います。
シンプルに刈り込まれ洗練された台詞や舞台装置に忠実に世界観を立ち上げることはもちろん、俳優の身体がそこからいかに逸脱し、より豊かなイメージを放つかも表現としては期待された舞台だったと思いますが、やや端正な組み立てにとどまった感もありました。(台本を読むと、その豊穣さ、色っぽさは十分残され、生かされているとも感じましたが)テキストと空間、身体の関係性について、あるいは抽象と具象、俯瞰と没入のバランスなど、いっそう探求可能な作品でもあったと思います。
当日パンフレットの解説が丁寧、かつ深い思考を呼ぶものでした。
背景、文脈を踏まえていた方が、味わい深い作品だと思いますので、こうした事前情報は大事ですし、さらにプレトークなどがあってもよかったのかなと感じました。
甘い手
万能グローブ ガラパゴスダイナモス
J:COM北九州芸術劇場 小劇場(福岡県)
2022/04/23 (土) ~ 2022/04/24 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
文化祭前の学校を舞台にしたドタバタ青春群像劇。
若者……に限らず、誰にもある「ほんとうの私」をめぐるモヤモヤを、複数のエピソードを織り交ぜつつ、変に深刻にならず、ラストの盛り上がりへと昇華させていく手つきが爽快で、楽しく観劇しました。一定のテンションを保ちつつ単調にならない演技、スピーディーな場面転換も、演出力はもちろん、劇団力の強さを感じさせるものだったと思います。
俳優の年齢と役の設定のギャップもありますし、これがリアルな高校生活だとは思いませんが、もう少し上の世代によるノスタルジーとして描かれた若者のイノセントさ、呑気さ、右往左往だと思えば、ちょっと甘酸っぱい感慨も湧いてきます。
(ガラパはだいぶ以前に観たことがあるのですが、作り手が若者ではなくなったことで、むしろ、フィクション、エンターテインメントに振り切れた面もあるのかもしれません)
横山祐香里さん演じる堅物先生、椎木樹人さん演じる熱血先生の佇まいも、個性的でありつつ、ちょっと大人の余裕としての重しにもなるような魅力がありました。
不思議の国のアリス
壱劇屋
門真市民文化会館ルミエールホール・小ホール(大阪府)
2022/03/24 (木) ~ 2022/03/25 (金)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
うさぎ頭の人物との出会いから未開の惑星へと迷い込んだアリスの物語。無重力空間とマイムのマッチングは絶妙で、舞台上の浮遊感や身体の重みに、観ている側もシンクロするような感覚がありました。ロープを使った表現、謎の生物たちの造形も印象的で、スマートさの中にも常にシュールな「不思議」が感じられる時間でした。
(個々の動きや場面展開スムーズさの一方で、さらにメリハリのある構成があっても見やすかったのではないかと思います)
若手を軸にした公演で、テクニカルな練度にはまだ上を目指せる余地がある気もしますが、アフターイベントとして披露された「コーポリアムマイム」の解説と出演者を交えた実演では、劇団が取り組んでいる課題やビジョンの一端を、観客と共有する姿勢も伺え、「こうしてファンと地域との信頼関係が築かれつつあるのだな」と得心もしました。
マがあく
シラカン
STスポット(神奈川県)
2022/03/30 (水) ~ 2022/04/03 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「部屋」=領域をめぐる諍いを淡々とシュールに、ポップに描き出す不条理劇でした。
舞台は入浴中の男の部屋。「下見」と称してこの部屋に忍び込んだ女性と何も知らない女友達、不動産業者と客が鉢合わせし、権利を主張しあっているところに、大家も登場、さらに風呂上がりの男も交え、事態は混乱を極める。最終的には「部屋」自身が争いの幕引き役として乗り出してきて−−。
登場人物それぞれの主張に一貫性はそれほどなく「えっ!」となるような発言も淡々となされるため(それが笑いを誘うのですが)、今目の前で起こっている攻防戦がどういう状況にあるのか見失ってしまうこともありました。とはいえ筋やテーマでなく、目の前で展開する状況そのものを見せるという意味では、とても演劇的な試み、企みを持った作品だったと思います。「部屋」自身の声や目線の導入も、(ある種の「神」の存在のように)状況を俯瞰し、設定に立体感をもたらす役割を果たしていて、面白かったと思います。ドミノでつくられた部屋の境界線が、上演中ずっと、登場人物たちの身体との間に、えもいわれぬ緊張感を生み出していたのも、印象的でした。
ふすまとぐち
ホエイ
こまばアゴラ劇場(東京都)
2022/05/27 (金) ~ 2022/06/05 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★
ほぼ全編津軽弁によるドタバタ家庭劇。上演前にプロデューサーによる簡単な津軽弁講座があり、(結局わからない部分は思っていた以上にありつつも)楽しく観劇できました。
いじわるばあさんを思わせる姑・キヨ(山田百次)と必要な家事以外の時間は押し入れに閉じこもって暮らす嫁・桜子(三上晴佳)の嫁姑戦争を軸にした物語は、過剰な事件も交えつつ、終始ハイテンションな演技で進行します。ですが、実のところこの物語の背景にあるものはむしろ、重苦しく苦い現実ではないでしょうか。
非正規の仕事しかない長男・トモノリ(中田麦平)しかり、出戻りの娘・幸子(成田沙織)しかり、キヨの支配するこの家から自立すべきだと知ってはいても、すぐにそれを実行できるような状況にはないようで、だからこそなんとなくキヨの支配に従っています。一方、敵対しているはずの嫁姑の関係には、キヨが嫁に悩みを共有する「親族」なる怪しい団体と引き合わせようとしたり、桜子がキヨの嫌う虫をハサミで撃退したり、急病の気配にいち早く気付いたりと、緩やかな絆を伺わせる面もあります。二人は共に孤独を抱えながら「家庭」を支える役目を負う仲間でもあるのです。
残火
廃墟文藝部
愛知県芸術劇場 小ホール(愛知県)
2022/05/20 (金) ~ 2022/05/22 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「平成」にフォーカスしながら、いつか訪れる東海地震への漠たる不安を抱える少年と阪神淡路大震災で生き残った少女との出会いと、20年強にわたる交流を描くドラマ。
両親と片腕をなくし、深い悲しみ、トラウマを抱えながらも生きるヒロイン「火花」の強さ、美しさが際立つ舞台でした。後に東日本大震災に遭遇することになる友人「歩鳥」も交えた日々の風景に、語り手の少年(後の青年)の持つ「カメラ」の視点が持ち込まれるのも(ベタだともいえますが)効果的だったと思います。
3つの震災を並列にしそれぞれを主要な登場人物が経験するという筋立ては、(「平成」がそうした災害と共にあったという見立てにはうなづく部分もありつつ)図式が過ぎるとも感じましたが、俳優たちが発する今を生きていることの迷いや輝きが、その作為の跡を薄くし、ドラマをうまくドライブさせてもいました。
オロイカソング
理性的な変人たち
アトリエ第Q藝術(東京都)
2022/03/23 (水) ~ 2022/03/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
亡くなった姉の子を育てた祖母、シングルマザーとして奮闘する母、性暴力事件をきっかけに溝が生まれてしまった双子。女性だけの三世代の家庭を舞台に、性暴力が残し続ける傷、その深さにいかに向き合い、寄り添うかが描かれます。当事者の哀しみ痛みだけでなく、周囲の戸惑いや過ちも静かに見つめ、解きほぐしていく手つき、プロセスが印象的な作品でした。
とりわけ、音信不通となった姉・倫子(西岡未央)と、その心を追って旅することになる妹・結子(滝沢花野)の関係は、少女期の二人のアンサンブルの良さも手伝って、直接の被害者ではない(と思っている)人間が、どのように、性暴力や差別と向き合っていくかというヒントを示しているようにも思えました。
“Na”
PANCETTA
「劇」小劇場(東京都)
2022/03/10 (木) ~ 2022/03/13 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「Na=名」をめぐる7本の短編からなる公演。
揃いの白いツナギ(無名性の象徴ですね)を着た4人の出演者が、劇中で名前(と人格が一致した)「人物」を演じることはほとんどありません。通し番号か、「王様」「先生」といった代替可能な役割で呼ばれることで起こる混乱や事件を扱った7つの小さな喜劇から、笑いはもちろん、ふんわりと人間関係の緊張や情が引き出され、最終的にはやはり「名」が保証する(人物としての)同一性に焦点があたる構成に唸らされました。
コントの集成といってもいい内容で、演技も戯画的なものですが、ダジャレのくだらなさ、身体をつかった表現での奮闘ぶりだけでなく、たとえば「王様ゲーム」で生み出された嫌な緊張感、失敗の末自分の「名前」を食べてしまうアオヤギさんの焦りなど、関係性によって生み出される感情にフォーカスしている点が、スマートでした。同じツナギを着た二人の演奏者の存在、使われ方も、単なるBGM係ではない意味と持っていたと思います。こうした感性は、たとえば今後、子供向けのコンテンツなどでもうまく生かせそうな可能性も感じました。
ひび割れの鼓動-hidden world code-
OrganWorks
シアタートラム(東京都)
2022/03/25 (金) ~ 2022/03/27 (日)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★
「表現」の源泉を求めた、古代ギリシャへの旅。
白い布をかけ、色をなくしたシンプルな舞台は儀礼の場のよう。
その周囲を「俳優」が歩き、時間の旅を始める冒頭から、深い時間の奥行きを感じました。「俳優」と「コロス(ダンサー)」が対置されながら進行する展開のなか、印象に残ったのは、ディデュランボスの祭礼の場面です。その踊りの輪には、盆踊りにも通じる、死者や過ぎ去った時間への思いが表れていました。
舞台構成、ダンサーたちのキレのある身体……頭脳と視覚を刺激する作品です。断片的で抽象的ながら、不思議なニュアンスを感じさせるイキウメの前川知大さんが執筆したテキストとのコラボレーションも含め、「ダンス」でもない「演劇」でもない、「パフォーミングアーツ」を開発する意欲、意思がそこにはありましたし、その地盤はすでに十分に固められつつあるとも感じます。この魅力的な場が、時には逸脱や混沌も含みつつさらにオーラ、熱量を放つ展開をみたいと思います。
9人の迷える沖縄人
劇艶おとな団
那覇文化芸術劇場なはーと・小劇場(沖縄県)
2022/05/13 (金) ~ 2022/05/14 (土)公演終了
実演鑑賞
満足度★★★★★
1972年本土復帰を前に行われた新聞社での「意見交換会」の様子を、現代の劇団が再現するという二重構造からなる作品。
タイトルから『十二人の怒れる男』のような、多様なバックグラウンドを持つキャラクターによる論争劇を思い浮かべていたのですが、この舞台に「水面下の感情の動き、駆け引き!」とか「手に汗握る議論の行方!」といったドラマティックな筋立て、終着点はありません。
有識者、主婦、戦争で息子を失った老婆、俳優、本土からの移住者……それぞれがそれぞれの立場について語る劇中劇部分は、一見「さまざまな意見」を整理して、キャラクターに割り振っているだけにも思えますが、それを演じる現在の沖縄の演劇人たちの稽古風景が挟まれることで、徐々に「報告劇」としてのリアリティを増していきます。中でも「有識者」を演じる青年が直面している基地/米軍にかかわる理不尽は、二つの世界を橋渡しする重要な設定となっていました。また、意見交換会でうちなーぐちを使う二人の人物「老婆」「文化人」が背負った歴史の奥行きも印象に残っています。とりわけ「文化人」の自負と不安が交錯する表情には、戦後の沖縄で言葉や文化にかかわってきた、多くの人々、演劇人の姿も重なっているように思えました。
「稽古中」の俳優、演出家の会話にしばしば折り込まれる解説、実際にウェブサイトで募集した「復帰あるある」をスライドに投影しながら語り合うレクチャー風の場面など、親切だけれど、演劇としては戸惑いを感じる仕掛けも、振り返ってみれば、単に感情移入を誘うドラマを見せようというのではなく、観客と共に本土復帰前夜を体験するための回路として有効に働いていました。私ははっきりとは聞き取れなかったのですが、同行した人によれば客席でも「そうだったのよー」といった年長者の声が挙がっていたそうです。
今回の那覇の劇場において、この作品は、沖縄の現在を、歴史を踏まえつつ、あらためて捉え直すツールとして機能していたのではないでしょうか。またそれは、演劇でしかできない方法で、だったと思います。
黒い砂礫
オレンヂスタ
七ツ寺共同スタジオ(愛知県)
2020/03/14 (土) ~ 2020/03/22 (日)公演終了
満足度★★★★
女性登山家によるK2無酸素登頂の顛末、周囲の人々の心模様を描きながら、彼女の挑戦の根底にあった思いをあぶり出す意欲的なエンターテインメント作品。ドラマティックで緊張感を途切らすことのない場面展開、演出で、特に段差をつかったシンプルなセット、白線、俳優の演技のみで山の厳しさを表現した終盤には見応えがありました。
また、主人公のサポート役をつとめる登山家役の松竹亭ごみ箱さんの奥行きのある存在感も印象に残っています。
主人公のモデルとなった登山家は男性で、がむしゃらで無謀ともいえる挑戦がしばしば批判された人物です。この作品ではそれを女性に置き換え、現代社会における女性のあり方への問いを山への挑戦と重ねて見せていました。
大学の登山サークルでの飲み会や訓練シーンのホモソーシャル感、マネジメント会社の社長が体現する(感動)搾取の構造などは、登山という特殊なテーマを背負ってはいるものの、現代女性の前に立ちはだかる壁としてもビビッドに機能していたと思います(一般の企業などでも、歴史があり規模も大きい組織ならそうした意識は残っているかもしれません)。また、田舎に住む妹をはじめ、立場や考えの異なる女性の登場人物を複数配したことも、より視野を高くする試みとして好感を持ちました。
是でいいのだ
小田尚稔の演劇
SCOOL(東京都)
2020/03/11 (水) ~ 2020/03/15 (日)公演終了
満足度★★★★
観劇したのは3月11日の夜でした。三鷹の駅前にはまだ、会社帰り学校帰りの人たちが多く行き交っていて、そんな中、原発に反対する市民団体がろうそくを灯し、3.11の犠牲者を悼むひと時を持っているのを見かけ、「今日がその日だった」こと、9年前のさまざまな出来事を思い出しました。
「3月のあの日」の東京にいた(いる)5人の男女の、それぞれの経験(語り)を並べ、重ねる『是でいいのだ』は、そうした個人的な体験を反芻させ、言葉にさせる「扉」のような作品であったのかもしれません。
就活生、夫に離婚をつきつけられた女、離婚を切り出したものの寂しさに耐えられない男、大学5年生、仕事に悩む書店員。いろいろと中途半端な彼らの、ナチュラルな語りに滲む迷いは、確かに身に覚えがあるもので、彼らが置かれた状況(=大きな揺れや混乱を体験しながらも「被災地」のそれとは距離がある)もまた、3.11後のさまざまな「当事者」をめぐる議論を思い起こさせるものでした。5人の中では特に、離婚の瀬戸際にいる女を演じた濱野ゆき子さんが魅力的でした。
5人のキャラクターは確かに異なり、その話の内容は、場所や固有名詞などを交えたとても具体的なものです。ただ、互いに距離を縮めたり、重なったり、離れたりする物語展開、場面構成によって「誰がいつどこで何をしたのか」はかえって曖昧にされ、物語世界、そこでの人物の配置が明確な像を結ぶことはありません。さらに作中には敢えて時代を混乱させるような錯誤も用意されていたようです(あれ?と思って見ていましたが、後に山﨑健太さんのレビューで得心しました。https://artscape.jp/report/review/10161214_1735.html)。登場人物たちはやがて、とりあえずの救いとしての「是でいいのだ」にたどり着きますが、物語はそこで閉じられてはいないでしょう。「是」は、皆に同じでも、いつも同じでもないはずですから。
ゆうめいの座標軸
ゆうめい
こまばアゴラ劇場(東京都)
2020/03/04 (水) ~ 2020/03/16 (月)公演終了
満足度★★★★
CoRich舞台芸術まつり!の審査として『弟兄(おととい)』を観劇しました。
作・演出の池田亮さんが演劇作品をつくり始めた現在から、中学時代に経験したいじめ、その後高校で知り合った親友=「弟」とのエピソードを回想する物語。
ともすればやや乱暴にも感じられる大胆な踏み込みと、何重にも考えられた繊細さの両方を味わう、複雑な観劇体験でした。
インテリア
福井裕孝
THEATRE E9 KYOTO(京都府)
2020/03/12 (木) ~ 2020/03/15 (日)公演終了
満足度★★★★
2018年にスタートした「#部屋と演劇」と題されたプロジェクトの最新版。
観客は、部屋に見立てられた空間に、自分の部屋から持ってきたインテリア(といっても、サイズ的に生活用品や置物に限られますが)を配置します。
まほろばの景 2020【三重公演中止】
烏丸ストロークロック
東京芸術劇場 シアターイースト(東京都)
2020/02/16 (日) ~ 2020/02/23 (日)公演終了
満足度★★★★★
罪と迷いを抱えた青年の魂の彷徨を、山岳信仰と重ねて描く骨太なドラマ。
2018年にも拝見した作品ですが、冒頭の祝詞から厚みのある声の重なりに胸を突かれ、より鮮烈にこの作品の世界観、風景に「出会った」感がありました。
日常会話と語り(独白)、祝詞、神楽……。異なる言葉と身体を交錯させ、存在の根源を探ろうとする手法、テーマは、現代演劇の歴史の中でも長く受け継がれてきた、オーセンティックとも呼べるものです。でも、だからこそ、それを高い完成度で、今日に響くかたちに昇華させたことに意義を感じます。