優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』 公演情報 優しい劇団「優しい劇団の大恋愛 Volume11『もっと愛してくれよ節』」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★

    「演劇の生産構造への反旗」

     名古屋を中心に活動する劇団が、東京の吉祥寺シアターで過去作品と新作を一挙に上演する企画である。私が観たどの回も満場の客席で溢れかえっており、劇団の晴れ舞台に多くが喝采を送っていた。

    ネタバレBOX

     初日の 「北極星のがなりマイク」は、主催で作・演出の尾﨑優人が十数役を演じる一人芝居の再演である。地球ではない星や未来で演劇に携わる人々の葛藤を、老若男女を問わず1時間半かけて演じ続ける。全容を把握することが難しいほどにさまざまに設定が飛んでいくものの、口跡の良さにつられて最後まで見入ってしまった。ただ一人数役を演じ分ける変身の面白さに見入ったというよりは、尾﨑というエネルギー溢れる演劇人の魅力の提示にとどまった点が惜しい。

     二日目は出演者の顔合わせと稽古、そして本番を1日で敢行「大恋愛シリーズ」のVolume10「夕焼け色のダイダラボッチ」である。ひさびさに開催された「大同窓会」に集う人々の邂逅は、トイレの花子さんと理科室の標本の対話、先生に憧れる女性とじつは先生のフリをしていた男子学生の再会など手数が多く面白い。ただ皆大声でまくしたて身振り手振りの大きな芝居は変化に乏しく、言葉遊びと詩的な展開はどうしても先行作品を想起させてしまうものであった。そんななか生徒を演じた今井桃子の、憧れの君になびく様とその後の激しい芝居のギャップがいちばん印象に残った。

     さて三日目の大恋愛シリーズVolume11「もっと愛してくれよ節」は、まず幕開きで暗闇のなか出演者一同で花火があがる様をオノマトペで表現していたところに意表を突かれた。やがて「幸せという名の、遠い国」「こころ休む、場所」にゆきたいよと合唱しながら皆で姿を表すところに期待が高まる。劇団初の時代劇という触れ込みで花火を「偽物の星」と嫌う江戸幕府天文方(永島敬三)や花火が消える様を嘆く花火師(千賀百子)、すべてを手に入れたはずなのに郷里の母に渡された傘を大事にする悪代官(黒澤多生)に愛のために盗みを働く義賊の鼠小僧(佐藤新太)まで、さまざまな登場人物が「愛」について怒涛の台詞を交わしていく。現代で言うところの自己承認欲求の発露を外題に込め、さまざまな登場人物が歌い上げながらやがて花火があがる様を見守るのだが、当然ながら帰結まではなかなかに飛躍が多い。悪代官の「傘」と「かあさん」の言葉遊びにピュアネスを感じる場面など趣向は尽きないのだが、Volume10同様にペアで展開する構成やシャッター、劇場通路の利用など目新しい演出はなかった。客席の反応もVolume10ほどではなく全体を通して芝居が上滑りしていたように思う。

     この企画を通して感じたことは、「大恋愛シリーズ」の可能性と課題である。普段は別の場所で仕事をしている俳優たちが集い、数時間かけて稽古し、スマートフォンの音楽をBluetoothスピーカーで流し工事用ハロゲンランプで本番を打てば、作品として成立するということをこの企画は証明している。力のある俳優と最低限のスタッフワークが揃えば、ごく短期間であっても芝居ができるということは、多くの演劇人、演劇ファンにとっての希望のように映る。過密集中型分業体制の演劇の生産構造に対する反旗であり、加速するばかりの現代社会に見合った活動ともいえよう。

     他方で俳優の芝居が大仰な身振り手振りと大声という類型化したものになりがちであり、演じる姿が一人芝居での尾﨑のそれを模倣しているように見えてきてしまった。作劇もまた登場人物のペアの小話を広げた群像劇という形式に陥りがちであり、ドラマを堪能する暇を与えない言葉の羅列の先に作者のピュアネスと演劇愛を感じる、というパターン化したものになっていた。この劇団の活動に賛辞を送る観客が少なくないことは心強く思う一方で、作品の成熟を目にすることが叶えばという思いもした。

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    2026/05/26 08:52

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