ワーニャ伯父さん 公演情報 ハツビロコウ「ワーニャ伯父さん」の観てきた!クチコミとコメント

  • 実演鑑賞

    満足度★★★★★

    「世の中は庶民の我慢で回ってる」という普遍的な事実を突きつけられた。
    ラスト、ワーニャ伯父さんに語りかけるソーニャの言葉にボロ泣きする。
    世間知らずのインテリ教授には死んでも解るまい、
    この「誰かを信じて支える」という崇高な愚直さよ。

    ネタバレBOX

    ほの暗い舞台上には簡素な木のテーブルと椅子。
    26室もあるという田舎の屋敷のリビングが主な舞台。
    退職した大学教授が、再婚した若く美しい妻エレーナと共に自分の領地へ戻って来た。
    この都会暮らしに慣れ切った夫婦が現れたことで、静かな農園の暮らしにさざ波が立つ。

    教授の、今は亡き最初の妻の兄であるワーニャは、
    妹のダンナの才能を信じ尊敬の念をもって、この農園を管理し、
    彼の仕事を献身的にサポートして来た。
    亡き妹の忘れ形見ソーニャは、そんなワーニャ伯父さんの仕事を手伝っている。
    年老いた乳母と、居候の老人、そして我儘な教授に呼ばれるとやって来る医師。

    ワーニャも、医師も、美しい人妻エレーナに恋をしている。
    ソーニャは、医師に恋をしている。
    そして人妻エレーナはと言えば・・・医師に恋している。
    激狭コミュニティの中で誰も幸せになれない恋愛模様がくり広げられる。

    小さな空間で対峙する登場人物が、終始緊張感を保ち続けていて素晴らしい。
    場転の際に流れるギターの音色が品良く少し陰鬱で絶品。
    明りの加減も絶妙でチェーホフの時代を五感で感じさせてくれる。

    教授が突然「この農園を売りその金でフィンランドあたりに別荘を買おうと思う」
    と言い出したことで、失恋の痛手も重なったワーニャの心は爆発する。
    教授のために、自分の才能も稼いだ金も捧げて来たのに、
    自分の親が嫁ぐ妹に買ってやった土地を、いとも簡単に売ろうと言い出す教授を
    許すことが出来なかった。
    自分の人生も、自分の今は亡き家族も、こいつにないがしろにされたのだという
    怒りがビシビシ伝わる素晴らしい迫力。
    ワーニャ伯父さんのこの怒りのために、これまでの話はあったのだと思う。

    だが、あんなに怒り狂ったのに腑抜けのように仲直りして、大人しくなってしまう。
    人生の悲哀というにはあまりにも派手なブチギレ方だったが、結局のところ
    怒りの矛先は、カン違いして勝手に信奉していた自分の愚かさに対する
    怒りであり情けなさだったのかもしれない。

    ソーニャが、慰めるように寄り添うように伯父さんに語りかける。
    それはまるで、人生の望みを絶たれた者に降り注ぐ優しい呪文のようだ。
    「我慢して」「働いて」「いつか神様の前で申し上げる」「ようやくほっと一息つける」・・・。
    上手くいかないいくつもの人生に激しく共感すると同時に
    力ずくで自分の人生を諦めるような残りの時間を思うと暗澹とした気持ちになる。
    乳母ひとりが「いつもの生活が戻る」こと以外多くを望まず、心穏やかに見えた。

    人生はそんなものかもしれないけれど、その切実さに涙がこぼれる。
    才能も仕事も恋愛もお金も、何ひとつ望むようになりはしない。
    だから”上手くいっている”ような振りをしないことだ。
    カン違いをしないことだ。
    それは上手くいかない人生より、ずっと滑稽なことなのだ。


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    2023/09/08 15:11

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  • 佐藤紘子様
    こちらこそ制作の方からのコメント、大変嬉しいです。
    素晴らしい舞台でした。
    ハツビロコウさんの世界観にいつも惹きこまれます。
    コメント頂きありがとうございました!

    2023/09/08 21:11

    公演関係者です。
    『崇高な愚直さ』
    作品そのものを表現するのに、まさにこの言葉がピッタリだ!と思わずコメント失礼いたします。
    ご来場いただきましてありがとうございました。

    2023/09/08 17:41

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