野鴨 公演情報 ハツビロコウ「野鴨」の観てきた!クチコミとコメント

  • 満足度★★★★★

    鑑賞日2020/03/26 (木) 19:00

    くっきりしたキャラとキャスティングの妙を堪能。
    深刻な事態を、離れたところから冷やかに見るイプセンは、だが
    この愚かしい人間をこよなく愛している。
    「正義」が己の行動の判断基準であるうちは結構だが、
    他人の価値観を攻撃した時、それは単なる“はた迷惑”でしかない。

    ネタバレBOX

    舞台にはぴんと張った白いクロスがかかったテーブル、
    赤いバラの細い花瓶が中央に置かれている。

    明転すると、上手の隅にひとりの老人が立っている。
    長いためらいの後、ようやく声をかけようと前へ歩を進める。
    彼は奥へ通されるが「帰りは裏から出るように」と言われる。

    実業家ベルレが仕切る町の、ここは彼の屋敷だ。
    冒頭のみじめなエクダル老人はかつて彼と共に事業に携わっていたが
    ある事件の責任を押し付けられて転落。
    ベルレは罪滅ぼしのつもりか、エクダル老人に毎月“仕事”を渡している。

    ベルレの息子グレーゲルスは、そんな父親を嫌悪し、激しく罵る。
    自分の幼馴染でもある、エクダル老人の息子ヤルマールは
    ベルレのかつての愛人ギーナを当てがわれて結婚、何も知らずに娘を育てている。
    グレーゲルスは、すべての秘密を白日の下に晒して出直すのが正義だと主張、
    ヤルマールにギーナの秘密を告げ、真実を知ってからが本当の夫婦だと言うが・・・。

    「正義」を振りかざして余計なことをする青二才…、と思っていたら
    言われた方のヤルマールも“愛と憎しみは紙一重”みたいに
    罪の無い14歳の娘を拒否し、ひどいことを言って深く傷つけてしまう。
    そして娘は「一番大事なものを手放すことがお父さんへの愛情の証」という
    グレーゲルスのまたまた理想論に影響されて、
    大事にしていた野鴨を殺すことを決意するのだ。

    救いの無い展開ながら、欠点の多い人々が人間臭くリアル。
    力のあるものがゴリ押しをして、弱者はそれを受け容れるしかないという構図は
    いつの時代も変わらず普遍的なテーマだ。

    撃ち損ねたために湖の底から犬に拾われ飼い慣らされた野生の野鴨は、
    現実を受け入れた少女そのもの。
    自らの胸を打ち抜いて野生に還る。
    母ギーナのようにしなやかに生きるには14歳は若すぎるのだ。

    終わってみれば、実業家ベルレと、その再婚相手セルビー夫人の
    互いのことをすべて打ち明け合った上での結婚こそが
    皮肉にも“正義の息子”グレーゲルスの理想形だ。

    ベルレ(松本光生)とセルビー夫人(和田真季乃)が俗物的なのに大変魅力的。
    14歳のヘドビックを演じた葵乃まみさんがドハマリで年齢の無理感ゼロ。
    ベルレに影のように付き従う使用人ペテルセン役の井手麻渡さん、
    極端に台詞の少ない役ながら、その微妙な表情や間で何と豊かに語ることか。
    飲んだくれのレリング医師を女性にしたところは少し驚いたが、考えてみれば
    別に男性医師である必要はない。
    熱血漢らしい台詞に説得力があった。

    ラスト崩壊した家族の跡に座るベルレにペテルセンが告げる。
    「(グレーゲルスは)これからも理想を追求していくそうですよ」
    ったく懲りない奴だ。
    欠点ありまくりの人々がくり広げる劇的なドラマはイプセンの独壇場。
    私の人生もまた俯瞰して見れば、こんな風に愚かしく可笑しなものなのだろう。



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    2020/03/27 00:14

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